ガラパーティでピアノコンサートを
僕は軽井沢に住んでいることもあり、昨秋に改修工事のこと、年末にガラパーティを開催することをホテルの方に伺った。「Legacy to our Future」が改修のコンセプトであり、ガラにおいて、歴史あるホテルのロビーでピアノのコンサートをできればと考えているとのことだった。あわせて、誰に演奏をお願いするのが今回の企画にふさわしいか、といった相談をいただいた。当初、ホテルとしてはキャリアを重ねた重鎮のピアニストを候補に考えていたようだが、歴史に敬意を払いながら未来に向けてモダンなアップデートを施していく今回のタイミングでは、現代に輝く若いクラシックピアニストの方がいいのでは、と僕は考え、齢24歳にして世界を舞台に活躍する藤田真央さんを提案した。
2022年は真央さんにとって飛躍の年で、ミラノのスカラ座デビュー、スイス・ルツェルン音楽祭への出演などで世界的マエストロとの共演も数多く重ね、ソニークラシカルからモーツァルトのピアノソナタ全集がグローバルリリースされるなど、獅子奮迅の活躍を見せていた。
この若きマエストロが音楽の歴史と向き合い現代に表現する様を、歴史を重ねたこのホテルのロビーに刻むというのがこの機会に実に相応しいのではと思ったのだ。
ホテルにとってはチャレンジでもあったようだが、“伝統を継承しながら次世代とともに新しい未来を創造したい”という強い想いの下、真央さんに出演を依頼し、ガラでの演奏が決まった。
クリスマス直前だったガラの当日、ホテルの周りには数日前に降った雪が残る。80人ほどのゲストのドレスコードは、日本のパーティではなかなかないブラック・タイのフォーマルのスタイル。万平ホテルの長年の顧客や、昔宿泊した思い出とともに遠方から駆けつけた方など、ゲストも様々な想いを胸にパーティに参加していた。
モーツァルトのサロンコンサートのように
夕刻、ゲストがロビーのピアノの前に着席し、まずはコンサートが開演。ピアニスト藤田真央が2Fの階段から降りてきて、ゆっくりとピアノの方に向かう。「聴衆とこんなに密な距離で演奏したのは幼少の時以来」と本人も語っていたが、音楽専用ホールでない場所で、たった80人だけのためにこのクラスのピアニストが演奏する機会は、特に日本においては滅多にない。ホールでない分、音があまり響かなかったことが会場の親密な空気を増幅させていたようなところもあって、モーツァルトのサロンコンサートもこんな雰囲気だったのかな、と思いを馳せた。
この日のプログラムはちょうど前半がモーツァルト、後半が(クララ・)シューマン、ブラームス、リストという曲目で、「マウリッツォ・ポリーニの代役として出演が決まった2023年1月のNY・カーネギーホールでのデビュー公演での演目を元に決めた」と本人が説明していた。クリスマス前なのでもう少し華やかなワルツもよかったかな、といったことも話していたけれど、冬の軽井沢に実にぴったりだった。