ロベット邸でのケネディ・ロベット会談は、キューバ危機の行方を決めた、まさしく“決定の瞬間”、このドキュメンタリーのハイライトといっていいでしょう。
ケネディ大統領は、ロベット翁とのやり取りを、その日の深夜、自分でマイクに語りかけてテープに記録していました。それによれば、ロベット翁は「大統領閣下、あなたは、核のボタンを押す覚悟はおありでしょうか」と質します。ケネディ大統領は、アメリカ国民と西側同盟国のためになるならと応じます。
アメリカ大統領がひとたび長距離核ミサイルの発射を命じてしまえば、ソ連の核による報復を受けて核ミサイルの応酬となり、たちまち地球は滅んでしまいます。にもかかわらず、ケネディ大統領はその決意を伝えます。
これこそが核の時代の究極の矛盾なのですが、この瞬間にまさしく全面核戦争を回避する”微かな光”が差してきます。アメリカ大統領の決意のほどは、様々なルートを介してクレムリンに伝わります。ソ連の指導者も大統領の堅い決意に動かされて妥協に動くわずかな余地が生まれ始めます。”智慧のフクロウ”のような存在だったロベット翁は、ここで1つの秘策を授けます。
ロベット翁は、アメリカがキューバを空爆すれば、ソ連は西ベルリンを攻略するに違いないと言い、ここは米ソの戦域をカリブ海に限定するように促します。そのためにも、アメリカ第三艦隊の総力を挙げてキューバを海上から封鎖するよう秘策を授けたのでした。世に言う“海上封鎖”案です。
キューバ核ミサイル危機:事実関係その5(海上封鎖)
ケネディ大統領は10月2日、内外に向けたテレビ演説で声明を明らかにし、米第三艦隊によってキューバを取り囲むように海上封鎖を実施すると発表。そして、キューバからミサイルが発射された場合には、ソ連からの攻撃とみなして反撃するとしました。この海上封鎖は2日後に発動され、世界はクレムリンの出方を見守りました。ソ連側はNATOがトルコに配備していたミサイルを撤去することを条件に、キューバからミサイルを撤去することに同意。13日間に及んだキューバ核ミサイル危機は幕を降ろしたのでした。『武漢コンフィデンシャル』(2022年、小学館刊)
手嶋龍一(てしま・りゅういち)◎作家・外交ジャーナリスト。NHKワシントン支局長として9・11同時多発テロに遭遇し、11日間の連続中継を担当。NHKから独立後に発表した『ウルトラ・ダラー』、続編の『スギハラ・ダラー』がベストセラーに。同シリーズ・スピンオフに『鳴かずのカッコウ』、最新刊は『武漢コンフィデンシャル』。ノンフィクション作品も『汝の名はスパイ、裏切り者あるいは詐欺師』『ブラック・スワン降臨』など多数。