インフレ目標政策の10年

伊藤隆敏の格物致知

エネルギー価格高騰によるコストプッシュ型インフレは、「悪いインフレ」の側面が大きい。これは、過去の原油価格高騰局面で起きていたように、円安要因となる。それに日米金利差の急拡大による円安要因が加わった。しかし、円安は輸出産業の利益を拡大することで景気刺激、貿易黒字化につながるはずである。ただし時間差があるので、効果が発現するには1年程度かかる(Jカーブ効果と呼ぶ)。

世界的な原油・ガス価格の高騰は一段落しているので、23年にはインフレ率への寄与度は大きく下がると予測される。22年11月時点での日銀や民間の(23年の)予測インフレ率が2%を下回っているのは、そのためである。ただし、最も基調的なトレンドを示す生鮮食品およびエネルギーを除く総合指数の上昇率が、10月時点で2.5%に達していることは、23年にもインフレ率が2%前後で推移する可能性が残されている。

しかし、所得の上昇による購買力が追いつかなければ、日銀や民間の予測のようにインフレ率は下落してしまう。「10年目にしてインフレ目標達成!」を実現するためには、(円安効果にも助けられて)最高益をたたき出しているグローバル企業を中心とする賃金の大幅な引き上げが必要だ。インフレ率が2%、名目賃金が3%で上昇を続ける「ニューノーマル」を実現できるかどうかが、これから数カ月の賃金交渉にかかっている。(2022年12月6日記)


伊藤隆敏◎コロンビア大学教授・政策研究大学院大学客員教授。一橋大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学博士(Ph.D取得)。1991年一橋大学教授、2002〜14年東京大学教授。近著に、『Managing Currency Risk』(共著、2019年度・第62回日経・経済図書文化賞受賞)、『The Japanese Economy』(2nd Edition、共著)。

文=伊藤隆敏

この記事は 「Forbes JAPAN No.102 2023年2月号(2022/12/23発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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