A型インフルエンザウイルスをはじめ、多くのウイルスは酸に敏感に反応する。一方、吐き出されたエアロゾルは室内の空気中から酢酸、硝酸、アンモニアといった揮発性酸などを吸収し、これはエアロゾルの酸性度やウイルス量に影響する。だがこれまで、エアロゾルのpHを決める化学環境についてはあまり研究が進んでいなかった。
スイスのチームによる今回の研究では、A型インフルエンザウイルスと新型コロナウイルスのベータ株をそれぞれ含む呼気エアロゾルで実験を行った。その結果、これらのエアロゾルが予想以上に速く酸性化することや、その速度が周囲の空気中の酸分子濃度とエアロゾルの大きさに依存することがわかった。
ウイルスが不活性化する酸性度はこれらふたつのウイルスではかなり違っていた。新型コロナウイルスの場合は、不活性化するのにpH2以下が必要だった。一般的な室内空気ではエアロゾルのpHが3.5以下になることはほとんどない。
一方、A型インフルエンザウイルスの場合は、pH4の酸性条件下でわずか1分後に不活性化した。研究チームは、エアロゾルが急速に酸性化したのは外気に含まれていた硝酸が主な原因だったと結論づけている。硝酸は通常、ディーゼルエンジンや家庭用の暖房炉などの燃焼過程で排ガスと一緒に出る、窒素酸化物の化学変化で生じる。
どちらのウイルスも、室内の空気の酸性度を少し上げただけで不活性化までの時間が大幅に短縮されることもわかった。室内の空気の硝酸量を人体に有害でない程度で増やすと、エアロゾルのpH値は最大2下がり、小さいエアロゾルでは両ウイルスとも99%不活性化までの時間が30秒以下に縮まったという。
研究結果は、空気の酸性化、具体的には空気中の硝酸を規制値の10%を超えない水準で増やすことによって、ウイルス量や感染を効果的に減少させることができることを実証した。酸へのばく露量は規制値以下であるため、人間の健康に有害な影響はないと考えられる。ただ、室内空気中の酸の蓄積が呼吸器のマイクロバイオーム(微生物叢)や免疫反応に及ぼす影響などについては、さらなる研究が必要だろう。
まだ不明な点もあるものの、今回の発見は感染症対策に大きなインパクトをもたらす可能性がある。
(forbes.com 原文)