ここでいう退職金制度の廃止とは、あと数年で大きな退職金を期待している人の退職金を反故にすることではない。すでに退職金の権利をもっている人すべての利益を阻害しないように、例えば、これから数年間で退職する人たちには、いままで通りの制度を適用する。数年後から20年かけて、退職金への税制優遇措置を段階的に廃止するとともに、退職金の前払い部分については所得税の軽減措置を適用する。
こうして、企業と社員に損のないかたちで退職金の前払いを実現することができる。中堅よりも若い世代にとっては、もらえないかもしれない将来の高給や退職金よりも、生産性よりも低い賃金のほうが問題だ。例えば、新入社員のときから中堅社員の平均賃金並みへ賃金を引き上げるとともに年功賃金を廃止する。生産性の高い人材には直ちに賃上げを実現する一方、目立った貢献がなければ、賃金は上がらない。これにより、優秀な人材を留め置くことも可能となる。
このようなインセンティブがつけば、労働移動やスキルアップの投資は労働者自身が喜んで行えるようになる。その結果として、社会経済全体で、生産性と潜在成長率が上がることが期待される。迅速に労働市場改革を行い、潜在成長率を高めることが、「安い日本」からの脱却、生活水準の引き上げ、(税収増による)財政健全化のためにぜひとも必要である。
伊藤隆敏◎コロンビア大学教授・政策研究大学院大学客員教授。一橋大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学博士(Ph.D取得)。1991年一橋大学教授、2002〜14年東京大学教授。近著に、『Managing Currency Risk』(共著、2019年度・第62回日経・経済図書文化賞受賞)、『The Japanese Economy』(2nd Edition、共著)。