科学と宗教の対立を超えて

田坂広志の「深き思索、静かな気づき」


では、もし現代科学が正しいならば、なぜ、いまも多くの人々が、宗教に帰依し、何らかの形で、死後の世界を信じ、神を信じようとしているのか。

それは、これほど科学が発達したいまも、世界中の圧倒的多数の人々が、迷信に惑わされている姿であり、現世の苦悩から逃れ、死の恐怖から逃れるための幻想に浸っている姿なのか。

この「科学」と「宗教」の価値観の対立は、永い歴史の中で続いてきたが、その狭間で、我々の多くは、矛盾した意識と行動を余儀なくされてきた。

例えば、死後の世界の存在を否定する立場にある科学者でも、毎年、墓参りに行き、墓前で「御祖父さん、御祖母さん、こうして家族皆、元気にやっています」と、当たり前のように祈る。

また、自分は無神論だという人でも、大切な家族が生死の病気に罹り、深刻な事故に遭ったときには、その主義を忘れ、必ず「神仏」に祈るだろう。

この「科学」と「宗教」の板挟みの状況を、我々は、どう受け止めるべきであろうか。

この「矛盾した価値観の共存」と呼ぶべき奇妙な状況、我々一人一人が、日常生活においては「科学的な価値観」を受け入れながら、いざ、人生の深遠な問題に向き合うときには、「宗教的な価値観」を受け入れるという状況。

それこそが、21世紀初頭における、我々人類の意識の現状である。

では、これは、いずれ「科学的価値観」が世界中の人々に浸透し、誰もが「宗教的価値観」を離れ、唯物論的価値観に一元化されていく「過渡期」の状況なのであろうか。

それとも、これは、現代の「科学的知性」が物質還元主義の古い枠組みを脱し、「宗教的叡智」と融合していく新たな時代の「前夜」なのであろうか。

近年、量子脳理論や量子生物学など、最先端の量子科学が、人間の「意識」の問題に全く新たな光を当てつつあるが、これから、21世紀の科学は、宗教の価値観と叡智をも包摂する「器の大きな知の体系」へと、進化を遂げていくことになるだろう。

田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。シンクタンク・ソフィアバンク代表。世界経済フォーラム(ダボス会議)Global AgendaCouncil元メンバー。全国7,300名の経営者やリーダーが集う田坂塾・塾長。著書は『死は存在しない』など100冊余。

この記事は 「Forbes JAPAN No.101 2023年1月号(2022/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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