事件の発端は、奥多摩の山奥で鬘に赤いワンピースという女装姿で発見された男の死体だった。父の遺志を継ぎ、刑事になった杏奈は、田舎の警察で閑職に追いやられている古参刑事の内藤とコンビを組まされ、事件を追うが、上層部からは、自殺という結論で片付けろと圧力が。2人の男の身辺を洗い、炎上事件で世間を騒がせている人物との意外な繋がりを探り当てる。
作者は、知る人ぞ知る映画人で、かつては映画配給や劇場運営の仕事に携わり、脚本家や映画監督としての実績もある。女優で刑事という一見突飛な設定にもまったく無理はなく、杏奈は女優業のスキルを活かし、捜査を進展させていく。
最初はまったく噛み合わない2人が、やがて絶妙のバディに発展していくきっかけが映画だったり、映画好きをニヤリとさせる場面も多い。この作者にしか書けないユニークな警察小説が、ここに誕生した。
「踏切の幽霊」高野和明
高野和明「踏切の幽霊」(文藝春秋)
日本で怪談といえば、夏の風物詩と相場が決まっているが、西洋でいうゴーストストーリーには、吹雪の晩に燃えさかる暖炉の前で語られる真冬のイメージがある。
エンタテインメント文学の金字塔とも言われるあの「ジェノサイド」から11年、長い沈黙を破って高野和明が上梓した「踏切の幽霊」(文藝春秋)は、1994年の年の瀬に幕があがる。まさに冬の怪談だろう。
妻に先立たれ、仕事にも生きることにも気力を失った雑誌記者の主人公に、編集長から特命が下った。私鉄の踏切で撮られた1枚の心霊写真をもとに、記事を書けというのだ。
心霊現象という題材は女性誌では定番のものだったが、写真の女性は近隣で起きた犯罪被害者であり、身元不明の人物だと判明する。いつになく取材にのめり込む主人公の前に、やがて写真の女性とある人物の接点が浮かび上がってくる。
著者久々の新刊が幽霊譚を扱ったホラー小説であることに軽い驚きをおぼえるが、主人公の新聞記者という前歴を活かして幽霊の正体を解き明かしていく展開には、ミステリとして捜査小説の面白さもある。
人生に疲れ、尾羽打ち枯らしたジャーナリストが再生していく物語としての力強さがあるのもいい。終末近くで、事件現場にまつわるある謎が解き明かされる瞬間、まさに画竜点睛の感動が読者に訪れる。