また、通常一泊6万円からの高級ホテルではあるが、まるでシェアハウスに来たかのように、自由に使えるキッチンがあり、一人の男性が何やら楽しそうに調理をしていた。
キッチンにはテーブルと椅子も設えられ、軽食が置かれている。冷蔵庫にある飲み物は自由に楽しむことができる。食後の一杯を楽しむように、と食後酒のセットが置かれたラウンジもあり、全ての空間が、人と人が自然に出会い対話する、そんな時間を想定してキュレーションされていたのだ。
カサ・マリア・ルイージアのプール(c)Casa Maria Luigia
共有することで、人と人との間の境界線をなくす。さらにボットゥーラ氏は、そこで人同士の出会いから生まれるシナジーを、モダンアートや、インスタレーションのように捉えているのではないか、と思う。
そこにあるのは、既成概念からの離脱だ。ラグジュアリーホテルに来たからといって、静かにステイする必要はない。人と出会い、楽しい時間を過ごす選択肢もあっていい。
そんな氏のスタイルを象徴するのは、共有スペースに飾られている、中国のアーティスト、アイ・ウェイウェイ氏の手による「漢時代の壷を落とす」というアートピース。その名の通り、アイ・ウェイウェイ氏が漢時代の貴重な壺を落として壊す瞬間を撮った連続写真だ。「伝統にとらわれず、新しいものの創造をしていかなくてはね」とボットゥーラ氏。
(c)Casa Maria Luigia
「おっと、もうディナーが始まっちゃう、どうぞ」と招き入れられたのは、敷地内のレストラン。提供されるのは全て氏を代表するシグネチャー料理ばかり。これまでの歩みを料理を通して追体験するような、クロニクルとも呼べるようなコース構成だ。
そして面白いのは席のレイアウト。同じモデナにある三つ星「オステリア・フランチェスカーナ」は、いわゆるファインダイニングで2〜4人がけのテーブルが中心だが、こちらは10人以上が大きな長テーブルを囲む、相席のスタイル。ついさっきまで見知らぬ人同士だったはずなのに、食事が終わる頃にはすっかり打ち解けて仲良くなっているのも、食の魔法だろう。
なぜ三つ星の「オステリア・フランチェスカーナ」がありながら、車でわずか20分ほどの距離にもう一つレストランをオープンするのか。身を持って体験すると、人と人が出会いエネルギーが生まれる時間自体をボットゥーラ氏自身が楽しんでいて、ここは氏がキュレーションする、食を囲んだモダンアートの殿堂ようにも見えてくる。