750年続く刀匠の跡取りは、なぜハワイの寺の住職となったのか

世界3大テノール、ホセ・カレーラス(左)を師匠に持つ山村尚正住職

ハワイは海や自然が豊か。そういう認識は誰もがお持ちだろう。しかし、アロハスピリットに代表されるように、ハワイの「人」こそが、ハワイの魅力だと筆者は思っている。このコラムではそんなハワイに自らの意思で移住を果たした日本人を「新一世」として紹介している。

今回、紹介するのは、日蓮宗ホノルル妙法寺の住職である山村尚正(たかまさ)さん。山村さんにはもう1つの顔がある。実は、オペラの世界では著名な実績を持つテノール歌手で、ハワイでは「歌う和尚」として知る人ぞ知る存在なのである。

オペラ歌手がミラノで仏門に目覚める


山村住職は、鎌倉で750年以上続く刀匠、岡崎正宗一家の長男として生まれた。25代目当主になるはずだったが、子どもの頃に日蓮聖人の伝記を読み感動し、14歳の時に日蓮宗で得度してしまう。

しかし、そのまま仏教の道を究めるめるべく仏教系の大学に進学しようとする際に、「子どもの頃から熱中していた『歌うこと』をあきらめていいのか」と、ふと立ち止まった。

どうやら考え出すと止まらぬ性格らしい。一気に進路変更し、声楽家を志して昭和音楽大学に入学。オペラ界で高名な栗林義信氏に指導を受けた。その学生時代には、テノールの音域を得るために何度も耳鼻咽喉科に通うほど喉を酷使したそうだ。

その後がまたすごい。コンクールで賞を受けて、大学院には学費免除の特待生として進学。23歳で、新国立劇場でオペラ歌手としてデビュー。25歳で、ロータリー財団の奨学生としてイタリアのサンタ・チェチーリア国立音楽院に留学して、オペラの本場で修練を積んだ。ローマフェスティバル「フィガロの結婚」にはドン・バジリオ役で出演。唯一の東洋人の出演者で、日本人留学生としては異例の抜擢だった。

誰が聞いても、オペラ歌手としては順風満帆なエリートコースである。ここまで聞くと、「そうか、一時は僧侶になるほど仏教に執心した男が、オペラ界に転身し、成功した話か」と思うだろう。いやいや、そんな単純な話ではない。

このイタリアで転機が訪れる。ミラノ滞在時に、ふとミラノ蓮光寺を訪れた。そこで東京から来ていた石井英雄住職に出会い、こんなことを言われた。「人と人は縁で結ばれている。良い人も悪い人も優秀な人もそうでない人も、我々の本質は皆同じ。ただ、人との縁でそうなっているだけなのです。だからこそ、人を許すこと、人に尽くすことを大切にしなさい」と。
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文・写真=岩瀬英介

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