投資家が持つ認識ギャップ
このプレゼンテーションを聞く機関投資家(ファンドマネージャーやアナリスト)の多くは、自らの組織が資産運用について助言する立場にいる。
市場規模予測のロジックだけを見せられても、「それは我々がすでに開拓しようとトライしたが開かなかった市場だ」と机上の空論扱いするだろう。
競争優位性についても「なぜロボアドバイザーが優位なのかわからない。しかも我々の組織(または提携先)にもロボアドバイザーはあるが上手くいっていない」などと、通常以上に彼らの職業的猜疑心を呼び起こし、一層理解が難しくなるだろう。
こうした反応はすべて筆者の推測だが、このような認識の差は他の産業でもたびたび発生することだ。国内機関投資家のファンドマネージャーの多くが一流企業の高学歴の日本人男性で、最近は40代以上が多い。金融の専門家へアクセスしにくい人やリテラシーの低い層など、いわゆるエリート属性から外れてしまった個人の気持ちにはなかなかたどり着かない。
それらの認識ギャップを取材で乗り越えるセンスと労力と時間を持ち合わせている投資家は多くない。また海外投資家にいたっては、そもそも日本の習慣や特異性が理解しがたい。
だからこそ、ナラティブが活きるのだ。ロジックと合わせてナラティブをを放り込むと、数字の羅列でしかなかった市場予測や競合比較が実体を持っていることが示され、仮想体験として理解することができる。それはあたかもモノクロ写真に色がつき、動画となって脳裏に残るかのような違いだ。
そしてプレゼンの最後の決め手は、預かり資産と運用者(ユーザー)数の高い成長の「トラックレコード(実績)」である。
「ナラティブ」×「ロジック」×「トラックレコード」
これらがパズルのように構成されたものこそ、完璧な成長可能性資料だ。
後の柴山氏へのインタビューによると「働く世代の老後を豊かに」というミッションと「FinTech SaaS」つまり積み上げ型ビジネスとしてとして、チャーンレート(解約率)など、投資家が評価しやすいKPIの策定・開示を意識したという。実際のプレゼンテーションの様子を見たことはないが、静かな熱意を持って語るだけでも、投資家の右脳と左脳の両方をロックし、投資の意思決定を促したのだろうと推測がつく。
IPOから2年経過し、外部環境の変化によって株価は乱高下したが、公開価格以上の株価は維持できている。IR資料を見ると、株式市況の影響や戦略変更などを踏まえた修正は行っているものの、ミッションに基づくビジネスモデルと主要KPIに大きな変更はないようだ。
ウェルスナビの今後のミッション遂行状況を中長期でウォッチしたいと思わせるのは、株式市場のデビュー戦で、しっかりとナラティブのIRをロジックとともに打ち出したからであろう。
このナラティブとロジックの使い方は、スタートアップだけでなく、上場企業の初めて会う投資家向けのプレゼンテーションとして見習いたいものである。