だが、国家安保戦略が語っていないこともある。「ミサイル防衛の努力を続けてきたが、それだけで不十分だから、反撃能力を導入した」という論理にはウソがある。政府には過去、「ミサイル防衛の努力」をサボった時期があったからだ。日本政府は2020年6月15日、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画の停止を発表した。政府が、代替案として、イージス・システム搭載艦を建造することを閣議決定したのは同年12月のことだった。なぜ、6カ月の空白が生まれたのか。複数の関係者によれば、陸上イージス断念を主導したのは当時の河野太郎防衛相だった。関係者の1人は「河野氏は巨額な費用負担を問題視していた。そこに、ブースター(打ち上げの際に切り離す推進装置)が、住宅地に落ちる可能性が出てきて、廃棄という流れになった」と語る。
ごく一部を除き、防衛省・自衛隊の担当者らが「計画停止」を知ったのは、発表の数時間前だった。その後、自衛隊の各幕僚長らが出席した会議では、怒号が飛び交う事態になったという。代替策としてイージス・システム搭載艦の導入が決まったが、「大型過ぎて運用に問題が出る」との指摘から小型化に修正するなど迷走した。関係者の1人は「システムの改修や要員交代などが容易な陸上イージスがベストの選択だった事実は変わらない。それでも陸上イージスには戻れない。民主主義のコストだから」と自虐気味に語る。
こうした迷走が、安倍晋三政権が「敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有やむなし」に傾く大きな要因になった。国家安保戦略の記述は論理的だが、こうした政治の失策を隠している。メディアも当時、多くが「住宅地への被害」を問題視し、「反撃能力ではミサイルを撃ち落とせないから、陸上イージスだけでも推進すべきだ」という論陣を張らなかった。
岸田文雄首相は16日の記者会見で「極めて現実的なシミュレーションを行いました。素直に申し上げて、現状は十分ではありません」と語ったうえで、「相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力となる反撃能力は、今後不可欠となる能力です」と語った。反撃能力の意義は理解できるとして、今からでも、陸上イージスを復活したうえで、そのように語ったらどうか。
国家安全保障戦略は「国家としての力の発揮は国民の決意から始まる」と訴えた。まったく、その通りだが、防衛費増額の財源を巡る増税の議論といい、反撃能力の導入を巡る経緯といい、「国民の決意」を促す環境が整っていると、果たして言えるのだろうか。
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