同寄附研究部門は、特定の一民間企業からの寄付で運営されることが多い通例の寄附講座とは異なり、広くパブリックから研究者や寄付を募り参加してもらう、これまでにないかたちの寄附研究部門だ。創設の背景には、発起人の一人である、米国在住の実業家であり、日米の大学で理事を務める久能祐子のアカデミアに対する危機感もある。
「悲しいことに日本の議論は、大学が社会や国に何の役に立つのか、ということが多いのですが、本来は、社会や国がアカデミアを維持し、その成果を市民が共有できるようにするためにはどうすればいいか、ということが重要なのです。そういう意味でも“アカデミック・スタートアップ”という新しい概念の実証として、この寄附研究部門を立ち上げました」(久能)。
「久能さんがアカデミアでやろうとしているのは、ソニーCSLが企業側からやろうとしていることとも深く響き合う。非常に先見的な試みだと感じています」(舩橋)。
注目を集める「自然資本」の考え方
舩橋もメンバーとして参加する、世界経済フォーラムのタスクフォース「BiodiverCities by 2030」のレポートでは、自然環境破壊によって、世界の都市部において44%のGDPが失われる危機にあることが明らかになった。「自然資本」の考え方は11月に開催されたCOP 27でも大きなテーマとなり、金融の世界でも自然資本や生態系を保護する活動に投資するファンドの新設数が約60、21年通年の約2倍に増えるなど、注目を集め始めている。
しかし、環境問題を含む現代の多くの問題は、現状から出発しても絶対に解けない文明論的な問題で、対症療法で終わらない本当の問題解決には、人間や生命の本質に関わる実存的な問いかけから立ち上げ直すしかない、と舩橋は語る。
舩橋が目指すのは、生物多様性を資本として自然と人間が相互に高めあい、人間活動による環境回復、さらには拡張を行い、成長の限界を超えるシナリオだ。21年4月に舩橋が立ち上げたSynecO社も民間企業の立場から実装を担う。
コロナ禍の影響で海外への出張が難しくなったここ数年、舩橋は鳥取県米子市、そして大山の麓の水源の町、江府町での実装モデルにも協力している。「アフリカに行けなくなり、代わりに国内で砂漠に似た土地を探していました。そこで、鳥取砂丘に着目したのです」。
鳥取県と島根県にまたがる汽水湖「中海」の水質汚染の実態調査のために、自らカヤックを漕ぎ潜水調査に乗り出す。
実際の透明度や水底に残る汚泥に触れることで、データだけではわからない身体的な理解の実感が深まるという。