既存の枠を超え、「いかに生命を輝かせるか」との命題に挑む──。
アフリカ最高峰キリマンジャロ、2015年。ソニーコンピュータサイエンス研究所(以下、ソニーCSL)研究員の舩橋真俊は、出張先のブルキナファソでインフルエンザをこじらせ、肺炎で国際病院に担ぎ込まれた後、直前までビタミン剤を打ちながら、セブンサミッツの一つに挑戦していた。
各国から登山隊が集まるサミットアタックを前に、高山病でシクシク泣いている女性や、顔面蒼白でレスキューで下りていく白人男性などを横目に、舩橋はキリマンジャロ山麓の植生に驚嘆していた。大昔の噴火で落ちた巨大な火山弾が散見する荒涼とした平野。3000万年前の太古を思わせる風景をさらに少し下がったところにある熱帯雨林には、想像を絶するマキの木の原生林が広がっていた。
「マキの木って、日本では数百年たってもせいぜい樹幅1〜2メートルぐらいなのですよ。それが、屋久杉ぐらいの幅があるマキの木の原生林がキリマンジャロの裾野に広がっていて、少し品種は違うのかもしれませんが、明らかにマキ、いわゆるポドカルバス。そのすさまじさに圧倒されました」。
その一方で、登山道沿いには食べられる西洋系のハーブがそこここに自生している。「それが結構面白くて。きっとヨーロッパ系の登山客がアルプスなんかを登った登山靴についたローズマリーとかの種を運んできたんだと思います」
舩橋がアフリカの地を訪れたのは、彼が2010年からソニーCSLで理論構築した「拡張生態系」、その食料生産における社会実装アプローチ「協生農法(Synecoculture)」の実証実験の場を探すためだった。
「拡張生態系」とは、生態系が自ら成長し発展する仕組みを活用し、人間がその中の一つの種として存在しながら利用、さらには拡張させていくという考え方だ。
協生農法は、肥料、農薬を投入しながら単一作物をどれだけ効率的に作るか、という従来からの根強い農業の考え方から脱却し、生物多様性を資本と考え、表土をつくり、自然本来の機能性を発揮させ、生態系機能を維持しながらも人間が食べられるような有用植物に置き換え、収穫するという農法だ。
人間だけではなく他の生物種とも共存できる生態系を創出でき、水や空気をきれいにするといった生態系サービスを発揮できるかたちで自然資本も蓄積できる。
「現地の自然や植生を見ると、『この植物がこの地で育ったらこうなる』とシミュレーションができる。生態系は適度にかく乱すると多様性が上がるのですが、そこに有用な植物をもち込むと人間活動との接続が得られる。生態系を拡張するきっかけが得られるのです」
現地のNGOの協力を得て、早速15年からブルキナファソで実証実験を開始することができた。半乾燥地帯の厳しい気候環境にある現地サヘル地域では、肥料を投入しながら単一作物をつくる通常の農法を繰り返した結果、土がカチカチになる人為的な砂漠化が進んでいた。
そこで、150種類の有用植物を現地で採取・購入して同じ土地に植えることで、わずか1年で砂漠が緑に覆われ、自給用の食料も収穫でき、500㎡辺り月1000ユーロ程度の収入が確保でき、農村コミュニティベースのいわゆるサブシステンス(自立・自存)経済の可能性を開いた。
周辺エリア(上)と「協生農法」を実施した3年後の土地(下)の比較。カチカチの半砂漠の土地が、木々が生い茂り、作物が収穫できる緑豊かな土地に。生活が厳しく、自給自足を余儀なくされるような貧しい地域でより、「協生農法」の経済的・社会的インパクトは高くなる。舩橋によれば、平均してわずか10m2の畑で、現地の最低賃金が賄えたという。これは、ブルキナファソの当時の国民平均所得の20倍で、通常の農法と比べても、50〜200倍の収益性だという。3年間の生産を通じて土壌も改善し、土壌劣化への有効性も確認された。近隣のマリやトーゴでも国家プロジェクトを巻き込んで実装が進んでいる。