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2023.01.12 16:00

デジタル人材の育成、新規ビジネスの創出、セキュリティ強化……課題山積の中でDXをけん引した「第2回CIO Award」受賞者たち【後編】

Forbes JAPANは2022年2月、日本のDXを情報システムの側面からけん引するCIOを選出するCIO Awardを設立した。この記事では、12月に行われた「第2回CIO Award」において、経営貢献賞、ITシステム賞、ITイノベーション賞、Smart Technology賞を受賞した4人の声をお届けする。


デジタルの力でビジネスモデルの変革を加速させる【経営貢献賞 旭化成・久世和資】


マテリアル・ヘルスケア・住宅の3領域で事業を展開する、大手化学メーカーの旭化成。2016年ごろから研究開発、生産・製造で積極的なデジタル導入・活用を試みてきたが、さらにその流れが加速したのは、日本IBMの最高技術責任者だった久世和資が入社し、DX統括を担うようになったことが大きい。

久世の着任後は、分散していた研究開発、生産・製造などさまざまな分野のデジタル人材を集約し、DXの全社推進を目指す「デジタル共創本部」が設立された。また「デジタル人材4万人育成」を掲げ、全従業員向けのDX教育を強化し、独自のオープンバッジ制度を運用。加えて、DX基盤の強化とビジネスの創出を目指す社内外の交流の場として、デジタル共創ラボ「CoCo-CAFE」を活用するなど、制度設計からカルチャーの醸成まで幅広い取り組みを行っている。久世の技術に対する深い造詣と、類まれな行動力・発信力により、旭化成のDXを大きく加速させたとして【経営貢献賞】に選ばれた。

旭化成ではDX推進を4フェーズに分けてロードマップを作り、「デジタル導入期(2016~2019年度)」「デジタル展開期(2020~2021年度)」ではDXの基礎を固めた。現在は「デジタル創造期(2022~2023年度)」にあたり、デジタル技術の活用により、無形資産の価値化や新たなビジネスモデル・事業の創造を進めるという。2024年度からは、全従業員がデジタル技術活用のマインドセットで働く「デジタルノーマル期」に移行。そのために、前述の「デジタル人材4万人育成」として、e-ラーニングとハンズオン・トレーニングを通して基礎知識の段階的な習得を推進している。久世はその狙いを次のように語る。

「デジタルリテラシーを高めることで、営業やマーケティング、研究開発、生産・製造など多様な立場の従業員が、共通の言葉で対話し、理解しながら一緒に考えることができます。そのうえで、デジタルの力でビジネスモデルの変革を加速させ、境界を越えて国内外の企業や自治体、大学とつながり、旭化成という枠を超えて社会的価値を共に創りだしていくことを目指します」

その象徴となっているのが、前述のデジタル共創本部だ。実際に、経営に必要なデータを集約・可視化し、スピーディーな意思決定の一助となるプラットフォーム「経営ダッシュボード」、情報科学の技術を用いて材料開発の効率化を図る「マテリアルズ・インフォマティクス」、商品やサービスの原料調達からリサイクルに至るまでに排出する温室効果ガスの排出量をCO₂に換算する「カーボンフットプリント」の可視化などの施策・プロジェクトが生まれ、すでに運用されている。

ロードマップと中期経営計画に沿って歩みを進めている旭化成のデジタル変革だが、久世はDXを統括する立場としての課題を語る。

「データ活用も進んでいますが、まだ活用できる情報が各部署に眠っているはずです。一方、膨大な量の中からどのデータを共有すべきかの判断は簡単ではありません。そうした中でも、研究開発分野ではデータを蓄積・共有して各部門が使えるプラットフォームの活用が進み、現在1万人以上が利用しています。その中で、DXを統括する私の役割は、こうした仕組みを全分野に広げていくため、旗振り役となって活用を推進していくことだと考えています」



他部署との密な連携で新規事業を創出【ITシステム賞 三井不動産・古田貴】


国内最大手ディベロッパーの一つ、三井不動産。業界の雄といったイメージが強いが、2017年には、自社が経営するシッピングモール・ららぽーととつながるEコマース事業「&mall」や、利用者アプリでのワーカーの勤怠把握などが可能なシェアオフィス事業「ワークスタリング」などをローンチし、デジタルを活用した新規プロジェクトにも積極的に取り組んでいる。

そんな三井不動産のDXを推進するのは、執行役員でDX本部長の古田貴。同部の前々身である「情報システム部」時代からデジタル改革に携わってきた。上記の新領域に加え、既存システムの領域でも、全社的な業務改革、クラウド化の推進を行ってきたこともあり、「突然のコロナ禍にも比較的うまく対応できた」という。その内向き・外向きのデジタル改革の成熟度・貢献度が【ITシステム賞】の受賞理由だ。

内向きの施策のひとつが、今や社内で伝説となっている「攻めのIT講演」と名付けた社内プレゼン巡業だ。

「仲間づくりが必要な中、米シリコンバレーや中国に足を運び、情報を仕込んでは『不動産もデジタルの時代だよ』と社内を煽って回りました」と笑いながら当時を振り返る。

社内啓発を積極的に行う一方で、2017年にはIT技術職掌を新設して、ITスペシャリストの採用を強化。ITイノベーション部長着任当初の4倍以上の人数に。情報収集や試行錯誤を繰り返して部の基盤を強化し、関連部署と歩みを合わせながら事業変革や働き方をリードするチームに育て上げた。それが先述の「&mall」や、「柏の葉スマートシティ」における健康増進サービスなど、幅広い領域での新事業として実を結んでいる。

とはいえ、企業規模も大きく幅広い領域を手掛ける同社ではDX推進もたやすくはない。

「DX本部が推進を強要するのではなく、全社の力を結集しています。新規事業セクションが事業提案制度を運営し、ベンチャーセクションや産学連携セクションがオープンイノベーションを推進、人事部も全社DX教育を始めています。全社連携が必須。DX本部には、全社に働きかけ・提案し、全体の俯瞰・横串も入れつつ、合同推進していく役割があり、私の役目としては、経営への発信・議論、全社の環境整備だと思っています」

目下の課題は、長期経営方針「VISION2025」の3本柱のひとつ“テクノロジーを活用し、不動産業そのものをイノベーション”すること。「ここからが本番」と語る古田、三井不動産の今後の動きに期待したい。



成長戦略とコスト削減の良好なサイクルを作り上げる【ITイノベーション賞 カインズ・池照直樹】


ホームセンター大手のカインズは、全国の28都道府県に230店舗を展開する。近年は非接触ロッカー(カインズピックアップロッカー)の設置」「レジなし無人店舗の実証実験」などユニークかつ、時代の要請に適応したデジタル改革を進めている。

一連の取り組みをリードしてきたのが、執行役員CDO 兼 CIO 兼 デジタル戦略本部長 兼 イノベーション推進本部長の池照直樹だ。

池照が就任直後から最も力を入れてきたのが、デジタル人材採用だ。それによりシステム開発のスピーディーな内製化が可能に。シリコンバレーから最先端の情報やテクノロジーを取り入れるためのCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設立し、有識者とアドバイザリー契約を結ぶなど、DXへの地盤を作り上げてきた。それによって生まれた先述のようなIT活用への積極的な姿勢が、【ITイノベーション賞】に選ばれた理由だ。

これまで小売業のIT化といえば自社ECサイトの拡充といった向きが強かったが、カインズは顧客接点、店舗での顧客体験の向上に舵を切ってきた。

「DXは成長戦略を実現するための手段です。売上を伸ばすために私たちが選択した成長戦略が、ロイヤルティの高いお客様とのつながりであり、そのためのサービスの提供でした。足し算だけでは現場を疲弊させるだけですので、現場側の効率化を進めるアプリケーションが必要になります。成長戦略とコスト削減の良好なサイクルを作り上げることが重要だと考え、デジタル戦略を進めてきました」

現場負担軽減に大きく貢献したのが、顧客と現場で働くスタッフのわずらわしさを解消するために開発された売場・在庫検索機能アプリの導入だ。商品名やキーワード、JANコードなどを入力すると、その商品のある売り場が店内マップ上に表示され、商品情報や在庫数までわかってしまう。10万点以上の商品が陳列される広大な売場面積を持ち、店舗での問い合わせの大半が商品の場所という業界特有の事情を与すると、顧客のストレス解消とスタッフの効率化を叶える画期的な取り組みだといえよう。

「労働力の確保が難しい環境下で、人手をかけず、サービスレベルを低下させず、さらにコストを下げていくためにはどうしたらいいのか?そして今の技術でできることや将来の技術でできること、人の介在方法のバランスを取ることがデジタル戦略の本質だと考えます」

本部長として現場が持つ課題を解決しながら、CIO・CDOとして全社を俯瞰的に見ながら最適な経営資源の配分を考える。池照はその兼務体制の難しさを次のように語る。

「CIOは全社を包括的に捉えて、ヒト・モノ・カネといったリソースを配分する仕事、本部長は計画したリソースを十分に活用してチーム運営を進める仕事。時にCIOは、本部長のリソースを取り上げて、他に割り当てる判断もしなければいけない。この二律背反する立場でバランスをとっていかなければならないところが一番の難しさだと思います。今後の目標としては、テクノロジー、現場のオペレーション、新たな顧客体験、コストのすべてをバランスよく組み合わせる方法を検討したいと考えています」



セキュリティありきのスタンスを全社で共有【Smart Technology賞 メルカリ・市原尚久】


日本最大級のフリマアプリを運営する「メルカリ」。日本での圧倒的なシェアを獲得する一方で、不正に入手したクレジットカードで購入する「不正利用」など、セキュリティ&プライバシー領域での課題も浮上している。

そんな中で、2022年5月にメルカリグループのCISO(Chief Information Security Officer)としてジョインしたのが、前職LINEでサイバーセキュリティの最前線に立ってきた市原尚久だ。現時点で入社後半年強だが、「新規サービスの不正対策などのセキュリティ支援」「メルカリ、メルペイに横行するフィッシング・不正対策のための認証機能の強化」などを指揮。近年注目を浴びている不正出品の検知とセキュリティ対策の領域ではメルカリがリードしており、市原の参画後にさらにクリティカルかつスピーディーな動きを見せたことが評価され、新設の「Smarter Technology賞」を射止めた。

より強固な組織づくりのために市原が立ち上げたのが、仮想チーム「CISO Office」だ。ここでは、プロセス改善や他部門連携などセキュリティ組織として共通課題に横断的に取り組む。

「組織が大きくなると各チームがサイロ化したり、連携を持たずに自己完結して孤立させたりする傾向が一般的にあると思います。そうした課題に対して同じ目線を保ちながら、目指している全体像やミッションを見失うことなく議論することを目的に立ち上げました」

セキュリティ部内では課題を共有しやすくても、一般的にプロダクト部門との間では利益相反となるケースも起こりやすい。そこで、メルカリのセキュリティ部門には「Build trust & drive value for stakeholders through a collaborative approach to security and privacy」というミッションと、「Security and privacy by design, by default, and at scale」というビジョンを掲げている。

「前者には『セキュリティ目線の正しさだけでなく、ステークホルダーの価値にも共感しながらソリューションを導く組織でありたい』、後者には『開発環境・プロダクト環境・業務環境・データ活用環境などに最初からセキュリティとプライバシーが確保される仕組みを、スケーラブルに提供していく』といった意味が込められています」

プロダクトやサービスとセキュリティが異なるレイヤーではなく、一体化しているというのがメルカリの基本スタンスなのだ。従来は後工程で行っていたセキュリティチェックを開発の上流工程に組み込むことで手戻りを防いだり、組織全体のセキュリティレベルの底上げのため各開発チームに配属される「セキュリティチャンピオン」の育成を行ったりと、“セキュリティありき”のスタンスを根付かせるための施策も行われている。

先に進出したアメリカに続き、グローバル展開が見込まれるメルカリ。そのためにも、市原は「セキュリティもグローバル基準で対応していく必要がある」と話す。

「具体的には、欧米の水準でのデータガバナンスの整備に速やかにチャレンジしていく必要があると考えています。そのためにも、スケーラブルな体制を整えていくフェーズでもあります。CISOとしてセキュリティのチームに閉じず、グループ全体の関係部門を巻き込んだ調和と連携の体制を構築することはもちろんですが、時には大胆に舵を切った方針決定や変更の意思決定もCISOとして求められると思います」




久世 和資(くせ・かずし)◎筑波大学大学院工学研究科修了(工学博士)後の1987年に日本IBM入社。同社東京基礎研究所長や未来価値創造事業部長などを歴任し、執行役員 最高技術責任者を務めた。2020年、旭化成に入社し、執行役員エグゼクティブフェローに就任。2022年より取締役 兼 専務執行役員 デジタル共創本部長に。

古田 貴(ふるた・たかし)◎1987年三井不動産株式会社入社。事業開発、法人営業・マーケティングを経て、2009年からIT部門に。14年に情報システム部長、17年にITイノベーション部長、 19年に執行役員に就任。20年にDX本部副本部長を兼任、22年執行役員・DX本部長に。

池照 直樹(いけてる・なおき)◎1968年生まれ。日本コカ・コーラ、日本オラクル、ミスミを経て、2006年に起業。さらに米国マイクロソフト、エノテカ執行役員、ゆこゆこホールディングス代表取締役社長・執行役員を務め、2019年7月同社デジタル戦略本部の本部長に就任。現在、CDO・CIO・イノベーション推進本部長も務めている。

市原 尚久(いちはら・なおひさ)◎東京理科大学大学院理工学研究科経営工学専攻修士課程を修了。その後、NTTデータ通信(現NTTデータ)にてセキュリティ関連業務に携わる。2015年にLINEへ入社し、各種セキュリティ課題改善プロジェクトに従事。2022年5月、メルカリ執行役員 CISOに就任。


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第2回CIO Award 受賞者インタビュー前編はこちら

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