企業にとっては株主も重要なステークホルダーだ。
中外製薬はスイス・ロシュ社が株式の59.89%をもつ外資系。ロシュも中外製薬も上場しているため、形式的には親子上場になる。親子上場は、支配株主(親会社)と少数株主で利益相反が起きるおそれがあることから批判されることも多い。その点を問うと、奥田は丁寧に説明してくれた。
「親子上場は、親会社が資金調達のために子会社を上場させるケースが一般的。中外製薬はもともと上場会社で、ロシュはむしろお金を払っています。最初に戦略的アライアンスを組んだときから契約で自主独立経営が認められているという意味でも、通常の親子上場とは異なります。ロシュとの取引は第三者との契約時と同程度の条件なので、少数株主にとっても価値の毀損(きそん)はありません」
いらぬ疑いをかけられるくらいなら、非上場でやる道もあるはずだ。しかし、奥田は上場することがいい意味での緊張感につながると言う。
「私たちから見ると、少数株主も含めて社会から直接見られていることが価値創造のモチベーションにつながっている。その効果は大きい」
株主の存在が社員を刺激して価値創造を促し、それが患者のベネフィットになり、結果として売り上げが増え、利益の一部が株主に還元されていく(Core配当性向40%台をキープ)。まさにステークホルダー資本主義の理想形だ。
価値創造をさらに進めるため、中外製薬は今後も前出の成長戦略に力を入れていく。キードライバーは「RED(Research and Early Development)SHIFT」「DX」「オープンイノベーション」。そのうち奥田が特に強調したのはDXだった。
「コアの価値創造エンジンは研究開発です。そのど真ん中をDXすることで創薬力を高めたい」
研究開発をDXすると、どうなるのか。例えば抗体医薬候補の選抜や最適化にAIのアルゴリズムを適用すると、創薬のスピートが上がるだけでなく、研究者が気づかなかった提案をAIがしてくれる可能性がある。また、実臨床のリアルワールドデータの整備が進めば、他剤との比較試験をしないで薬の効果や安全性を確認することも可能になる。奥田は最後に思いをこう語った。
「DXでイノベーションを連続的に生み出せる会社にして、画期的な医薬品をひとつでも多く世界に届けたいですね。社会に提供する価値を大きくして、株主にも還元していく。それがCEOである自分に課せられた役割だと考えています」
中外製薬◎1925年創業の大手医薬品メーカー。2002年にスイスのロシュ社との戦略的提携契約に基づきロシュ・グループの一員になる。同社のサイエンス力や技術力を基に、革新的な新薬の創出に注力する。
奥田 修◎岐阜薬科大学卒業後、1987年に中外製薬入社。関節リウマチ治療薬アクテムラの臨床開発責任者を務め、ロシュ社との協業に貢献。経営企画部門などを経て、2020年に中外製薬代表取締役社長最高執行責任者(COO)、21年3月より現職。