企業が重視する経営指標はさまざまだが、中外製薬を率いる代表取締役社長CEOの奥田修にとって売り上げ収益は無視できない指標のひとつだ。2021年12月期の売り上げ収益は、前期比27.1%増の9998億円。1兆円の大台は目前に迫っている。
なぜ売り上げ収益が気になるのか。奥田はかつて関節リウマチ治療薬アクテムラの臨床開発責任者を務めていた。アクテムラは日本で初めて創製された抗体医薬。この薬が救ったのは関節リウマチ患者だけではない。コロナ禍ではCOVID-19患者への治療薬として転用され、日本、EUを含む多くの国で承認され、アメリカでもFDAの緊急使用許可を取得。世界中の患者を救った。
しかし、創薬の世界は開発しても日の目を見ないもののほうが圧倒的に多い。奥田のように成功した医薬に携わった経験をもつ社員は一部に限られる。
「患者さんから感謝のお手紙をいただいて励まされることもありますが、もともとメーカーは患者さんと直接つながっているわけではありません。ただ、売り上げは患者さんの数であり、薬を使ってくれる期間です。数字の向こうには患者さんがいる。それを見れば、自分たちの仕事が役に立っていることが実感できるんです」
さらに多くの患者に薬を届けるために推進しているのが成長戦略「TOP I 2030」だ。この戦略で同社は30年に世界のヘルスケア産業のトップイノベーターになることを目指す。
「私たちが描くトップイノベーター像は、世界最高水準の創薬力をもち、世界中の患者さんや取引先、そして働く人から『中外なら新しいものを生み出しそうだ』と魅力を感じてもらえる企業です。今回は『人と社会を活かす会社』として評価いただきましたが、2030年になりたい姿とイメージが重なりますね」
人を活かす部分を詳しく見てみよう。中外製薬は20年4月に新しい人事制度をスタート。管理職以上にジョブ型を導入して、役割や成果に応じてメリハリのきいた処遇を行うようになった。若手に機会を与えるため、チャレンジングな職務に積極的に登用する「チャレンジアサイン」制度も取り入れている。
人事にダイナミズムが起きるとついていけない人も出てくるが、自律的な学びができる教育制度を整備。リスキルしたい社員や成長したい社員をサポートしている。
「わが社の自己都合退職は1%。働きやすさや成長機会に加えて、会社のパーパスやミッションに共感して、自分がやっていることがつながっていると実感している社員が多いのでしょう」