大切なものを甦らせる空間にしたい
──中川さんはすでにデジタル空間や仮想現実の世界になじんでいる印象ですが、メタバース空間の今後の展開に期待していることはありますか? 空想のレベルでお話しいただいても構いません。
中川:例えば、写真や記憶などを頼りにして、昔の実家を甦らせられるといいなと思います。現在も母と同じ家に住んでいますが、それとは別に、18歳まで家族で暮らした家がありました。もう取り壊してしまったけれど、いまだに夢に出てくるのは古い家。それくらい、自分にとっては思い入れの強い場所です。
──建物という空間(立体)レベルでいうと、現在の技術でもメタバースで再現できますよ。
中川:そうなんですね! 実は、古い家から引っ越す時に、絨毯などの家具をもらってきて、今でも倉庫に保管しているんです。人から見たらゴミでも、私にとってはかつての自分を思い出させてくれる尊いもの。家具に染みついた家の匂いでさえ、貴重に感じます。メタバース上で匂いや感触といった情報まで残せるようになるのであれば、私は自分の実家を匂いごと再現して、保存しておきたいですね。
カーソルで年代別に行き来できたら最高
──エンジニアが長い時間をかけて取り組んできたことを、中川さんが瞬時に理解してくださって嬉しいです。
中川:自分が1985年生まれということもあって、子どもの頃に見ていた90年前後の「後楽園ゆうえんち」近辺の景色が本当に好きなんです。2000年以降、東京ドームシティやラクーアができて風景が変わったこともあり、なんとかあの風景を忘れないようにしたいと思っているんです。2019年にシングル『RGB~True Color~』を制作した際、ジャケットに自分の記憶をもとに、昔の「後楽園ゆうえんち」の風景を描き起こそうとしたんです。
でも、自分の記憶だけでは細部まで再現することができなくて。ネット上に写真が残っていないか検索すると、YouTubeに投稿されていたある動画にその景色が残っていたんです。見つけたときには興奮して思わず「うわーっ」って声を上げてしまいました。
この時に私が記憶を補完しながら昔の風景を再現したようなことが、メタバース上ではもっ簡単にできるということですよね?ゲームの攻略法をオンライン上に公開して、複数のユーザーがどんどん上書きしながら情報を更新するのと同じことができるのかな。
──そういうことも可能です。
中川:そうしたら、私がつくりたいものはもう決まっています。1980年代後半の街の景色と、91、92、94、95年。あと、2009年。具体的な場所も決まっています。例えば同じ場所を年代別に再現したあと、カーソルで選択しながら自由に行き来できたら楽しそうですよね。私の記憶が濃いうちに、早く実現したいです(笑)。