ニューヨーク・ブルックリン生まれで現在76歳のイエレンは、米財務省を取り巻く状況が激変するなかでそのトップを務める。政府債務の膨張、インフレの高止まり、そしてロシアに対する経済制裁によって、安全資産としての米国債の地位に疑問符が付いているのだ。この時期に財務省の舵をとるイエレンには、たんなるテクノクラート以上の役割が求められている。
財務長官に上り詰めれば自動的に政治的に大きな影響力を振るえるようになると思うかもしれないが、そういうわけではない。それどころか、財務長官はかねて債券トレーダーの名誉ポストのようなものとして軽く扱われがちだった。20世紀のほとんどの期間を通じて、歴代の財務長官は、米国債を買ってもらうのに圧力をかけたり裏で取引したりする必要もなかった。
なぜなら、米国の短期国債は世界の金融システムの血液にあたるものだからだ。米国の友好国も敵対国も等しく、米財務省しか売ることのできないこの安定性を買う必要がある。国際的な金融制度を規定しているルールによって、事実上、そうせざるを得なくなっているとも言えるだろう。
なので、財務長官という職は面白みのあるものではなかった。歴代長官の在職期間が短い傾向にあるのもおそらくそのせいだろう。ワシントン・ポストによれば、1981年から2014年までの米財務長官の平均在職期間はわずか2.79年で、全閣僚級ポストのなかで2番目の短さだった。
だが、こうした話はもはや過去のものになりつつある。
米国債は最近、大口の買い手が軒並み購入を減らしている。イエレンが理事や議長として支持した量的緩和政策のもとで大量に買い入れていたFRBもそうだし、外国の政府や中央銀行、日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のような機関投資家にしてもそうだ。
無理もない。米連邦政府の債務残高の国内総生産(GDP)比は新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)の発生後、120%超に高まっているからだ。政府債務のGDP比はその国の債務返済能力の目安となる。データの出所によって異なるが、120%超という数字は米国史上最高、もしくは第二次大戦後最高に近い水準だ。