「将来は何になりたい?」への疑問
筆者は子供の頃「将来は何になりたい?」と問われるたびに戸惑いを覚えていた。最近、共訳を担当した『創造力は眠っているだけだ』(ヤロン・ヘルマン著、プレジデント社刊)にも同じエピソードが出てきて驚いたが、個人の強みを長期的に生かす上では「何になりたい」「何者でありたい」というWhat/Who志向から「どう動きたい」「どうありたい」というHow志向への移行が不可欠だ(岩波書店刊『アカデミアを離れてみたら』への寄稿でもこの件に触れている)。
多様性実現の手段として一部の人々にロールモデルを担わせるのは、文字通り、新たな「役割(role)」と「型(model)」の再生産ではないか。
本誌企画に協力するにあたり、筆者もかねて関心を持つ方々の名前を取材先候補として挙げさせていただいた(渡邉すみれ氏、馬瓜エブリン氏、島田 舞氏)。試行錯誤を重ね、時に立ち止まって考える彼らの姿も「何者であるか」という肩書きでは決してとらえきれない。
筆者は時々「個性は価値であり、価値は『売り』として生かすべきだ」と助言を受ける。自ら周囲にそう話すこともあったが、近頃、個性や属性を他者に消費させないことも大事なのではと考える。心身の特性や来歴など、たとえ周囲から好意的に見えても、あくまで私的な領域の中で大切にする物事があってもよい。
真の多様化が進むにつれ、属性のみを基準とした人材登用は通用しなくなるだろう。少数のアイコンに理想を背負わせるのではなく、それぞれが互いの生き方に触れ、歩みを模索していく。個性を「生かしてやろう」という視点を抜け出た先に、各自が個性を主体的に生きる未来が待っている。
坪子理美 ◎博士(理学)。英日翻訳の傍ら教育、生物学研究に携わる。訳書に『クジラの海をゆく探究者(ハンター)たち』、『悪魔の細菌─超多剤耐性菌から夫を救った科学者の戦い』等。夫の石井健一との共著に『遺伝子命名物語』がある。小学校の卒業文集に書いた将来の夢は「主役と裏方の中間のような仕事に就きたい」。