同じ人間とは思えない傑物
本書では大谷が口にしたコメントも多数紹介されているが、それを眺めてみても彼のパーソナリティはやや謎めいているように思える。
ファイターズ時代、大谷が寮で寝起きして外出には許可が必要だったというエピソードは有名だ。本書によればコロナ禍での行動制限も彼にとっては苦にならなかったようである……唯一、試合ができないことを除いては。おそらく彼は野球以外、全く眼中にないのだろう。その、あまりにも強い熱意が私たちには「謎めいている」ように見えているのかもしれない。
彼の情熱は、大谷本人以上に引用されているチームメイト達のコメントからも明らかだ。そこからは前向きで楽しげな、気の良い青年像が浮かび上がってくる。彼が積極的にチームへ適応し、なおかつエンターテイナーとしての資質も持ち合わせていることが十分に分かるだろう。
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謙虚でありながらも遊び心を持ち、それでいて不屈の精神を兼ね備える。同じ人間とは思えない傑物、ドラマだとしてもやり過ぎだと思える傑物が、しかし現実に存在する。だからこそ彼は史上稀に見る二刀流の選手として偉大な功績を打ち立てることができているのだ。
そんな彼に期待し、4年の歳月をかけて本書を完成させた著者にも賛辞を送りたい。何しろ大谷が手術と不調を克服し、なおかつここまでの成績を残すなど誰にも予想できなかったのだから。
著者は大谷翔平に「人生を賭けた」──
訳者であるタカ大丸氏の後書きも非常に印象深い。
「本書の著者ジェフ・フレッチャーは大谷翔平に人生を賭け、4年越しでこの賭けに勝った。この忍耐に報いる、応援するとすれば一冊ずつ本を買うことだけだ」
読了して改めて驚かされるのは、本書で書かれている重厚な内容がほんの4年間の出来事に過ぎず、「野球の神様」ベーブ・ルースと並び称される大谷が、まだ28歳の現役選手であるということだ。
実際本書が刊行されて以降、大谷は近代野球で初めて規定打席と規定投球回を同時にクリアするという前代未聞のドラマを成し遂げた。2年連続のMVPは惜しくも逃してしまったが、投手面では15勝を挙げるなど、前年度と比肩するか、あるいはそれ以上の成績を残している。今後彼がどれだけのドラマを築き上げるのか、誰にも想像できない。
大谷自身の言葉を本書から引用しよう。
「僕は投げ続ける必要があるんです。毎回、投げるたびに何か新しいことを学べますし力も上がっているんです。来年もそれ以降も投げ続けます。今年1年で重ねた経験が今後の野球人生で大きな助けになると思います」
本書は大谷翔平の、メジャーリーグでの物語を振り返るのにうってつけの一冊だ。360ページを超える大著ではあるが、それすらも彼がこれから刻むであろう歴史からしてみれば、僅かな枚数に過ぎないのかもしれない。
松尾優人◎2012年より金融企業勤務。現在はライターとして、書評などを中心に執筆している。