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2022.12.07

スタンフォード大コーチが見た「米国的個人」と自死を防ぐプッシュ型ケア

スタンフォード大学アメリカンフットボール部コーチ、河田剛氏。コーチ業の傍ら、シリコンバレーで日米双方のスタートアップのサポート/アドバイザーを務める

スタンフォードに来て16年目、16回目のシーズンも終盤に差し掛かっている。未だかつて、これほどストレスがたまるシーズンを経験した事はない。

端的に言えば勝てていない。しかも、Talented、つまり能力の高い良い選手がいるのに勝てないのである。

大きな一つの要因は怪我にある。コンタクトスポーツに怪我は付き物なので、誰を責めるわけでもないし、一つ言えることは、我々コーチングスタッフが、怪我した選手に代わる若い人材を育てられていないということではある。

その点はまた別として、今回は、組織における若者個人の命や将来についての日米の考え方の違い、感覚の違いという観点から、あるストーリーとそれに纏わる私の思いを読者の皆様にシェアしたい。

「開いた口がふさがらなかった」主力選手の突然の告白


8月の後半、開幕戦を1週間後に控えたあるミーティングで、ヘッドコーチがある選手の名前を呼び、「彼から話があるそうだ」とみなに伝えた。

呼ばれたA君は、1年生の時から常時ゲームに出場し、シーズン前には「All American」に選出されるのではと言われていた主力中の主力である。

『今日をもって、フットボールから引退する事に決めました』

個人よりもチームのために頑張る! が身にも体にも染みついた日本人である私にとって「開いた口がふさがらない」とはこの事である。

背景を要約するとこうである。

キャンプ中に、頭痛や、感情の起伏の著しい変化等、脳震盪からくると推察される症状が現れるようになったのだそうだ。チームのヘッドドクターに相談し、脳震盪専門のドクターやメディカルトレーナー、ヘッドコーチ、家族とも相談の上、引退を決意したとのこと。このような場面で我々のヘッドコーチが、驚きも動揺もなく、当たり前のようにプレイヤー達に発信する言葉がある。

「You’re more than football.」

あなたの命、将来は、フットボールをプレイすることよりも比較にならないぐらい大事だ。

この15年強、アメリカのスポーツ界で働く中で何度も耳にし、見てきた光景だ。そしてそれは私の30年を超える日本のスポーツ界での経験では一度も耳にしなかった言葉である。

ドクターからの引退勧告は「絶対」


ここアメリカ、特にフットボールを中心にしたコンタクトスポーツの業界では、もはや当然の事になっているが、専門医から3回以上、ある程度の重いコンカッション(脳震盪)の診断を受けた選手は、ドクターから「引退」を勧告される。それぞれのプロフェッショナルが下す判断が重視される。つまりプロフェッショナリズムが尊敬されるこの国では、専門医、特に脳震盪のプロが下した判断は絶対を意味すると言っても過言ではない。コーチ側としても、チームドクターが下した判断に異を唱えるわけにはいかず、どんなに将来を嘱望された選手でもその選手のキャリアはそこで終わってしまう事となる。

日本のスポーツ界は、どうだろう?アメリカで仕事をしている私から見ると、伝統を守る事を隠れ蓑に若者の人生を軽視している業界、スポーツだけをやらせて将来の事を考える機会すら与えない指導者、チームのためや組織のために個人の命や将来が尊重されていない、またはその尊重の度合いが低すぎるケースが散見されるように見える。
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文=河田剛 編集=石井節子

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