労働者への賃金をワインで──悪名高き「ドップ・システム」
その一つが、ぺブルス・プロジェクト。西ケープ州を中心に貧困地区の子供の教育支援をしているNGO団体で、その背景にはかつて労働者への賃金をワインで支払った悪名高い「ドップ・システム」がある。現在でも南アフリカは世界一アルコール中毒者が多い国だ。アルコール中毒の妊婦が産んだ胎児スペクトラム(ぺブルス)の有病率も高く、そうした子供たちを支援するため、2004年にぺブルス・プロジェクトが立ち上がった(現在は健常者も対象に含む)。
多数のワイナリーがこのNGOにワインの売り上げを寄付するほか、毎年行われる「ケープワイン・オークション」では、売上をぺブルス・プロジェクト含む様々な教育関係のNGOに寄付している。
写真:(株)マスダ提供
個々のワイナリー単位での取り組み例も多い。ヨハン・ライナカはその先駆者的存在で、2004年に南アフリカで初めてビオディナミ認証を取得。畑には除草剤や殺菌剤などの化学合成農薬や化学肥料を使用せず、微生物やブドウ以外の生き物の存在を大切にする。
「生きた土地でワインは造られるべき」と信じ、「I love nature」と語る彼の目は優しく思慮深い。自然と共生する栽培は、実は二酸化炭素排出量の削減にもなる。例えば肥料の代わりにミミズの力を借りれば、その肥料を運搬するCO2を削減できるといった具合だ。可能な限り自給自足を志すライナカでは、ワイナリーでのカーボンフットプリントが少ないのが見て取れる。
左はカリフォルニアのワイン業界、右がライナカのカーボンフットプリントの割合
またライナカは、ワインの売り上げの一部をワイナリーで働く労働者に還元する「コーナーストーン・プロジェクト」も運営。10年働いた従業員の住宅購入資金や子供の教育費用の援助をしている。その「コーナー・ストーン」というワインには、ビジネスの「礎」「土台」である従業員を大切にする意志が込められている。
セミナー終了後、「日本でもあなたのワインをよく飲んでます!」と愛を伝えに行ったら、見ず知らずの筆者の目をまっすぐに見て「ありがとう」と柔和に応じてくれた。その穏やかな笑みに、「これからもライナカを応援しよう」と心に誓った。生産者と直接触れ合えるのは、やはり見本市の一番の醍醐味だろう。
多くの南アフリカワインは日本でも
今回見本市に参加して強く感じたのは、日本には良い南アフリカワインが多数インポートされていること。冒頭紹介した注目の生産者から、老舗や大手のワイナリーまで、幅広いワインが手に入る。それだけ日本のバイヤーが目利きで、飲み手もその魅力を受け止める力があるということだ。ワインの価格も2000~6000円程度の中間帯の層があつく、良心的かつ質が良い。人や自然に優しいワインは、エシカル志向の強いZ世代にも受け入れられやすいだろう。
そして今回筆者は初めての南アフリカ訪問だったが、何度か訪問している人に聞くと、「前よりも全体的に質が向上している」「来るたびに美味しくなる」という声も。未知の産地やワインを開拓する冒険心がくすぐられる点も、南アフリカワインの大きな魅力だと感じた。南アフリカワインはワインショップや通販で気軽に購入できる。ぜひお気に入りの1本を探してみてほしい。
水上彩(みずかみ・あや)◎ワイン愛が高じて通信業界からワイン業界に転身。『日本ワイン紀行』ライターとして日本全国のワイナリーを取材するなど、ワイン専門誌や諸メディア等へ執筆。WOSA Japan(南アフリカワイン協会)のメディアマーケティング担当として、南アフリカワインのPRにも力を注ぐ。J.S.A認定ワインエキスパート。ワインの国際資格WSET最上位のLevel 4 Diploma取得。