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2022.11.30 16:00

ポイント経済圏の構築でCXを向上させる ~事業ポートフォリオの多様化に挑むJR西日本のDX戦略

コロナ禍にデジタルトランスフォーメーション(DX)の専門部隊を立ち上げ、「顧客体験(CX)」と「従業員体験(EX)」の相乗効果を加速させるJR西日本。ベイカレント・コンサルティングの則武譲二が、2人のキーマンとの対談を通して取り組みの真髄に迫った。


ベイカレント・コンサルティングは、DXを「デジタル技術によるビジネスモデルの高度化および転換」と定義し、そこで目指すゴールの1つとして、顧客に感動体験を届ける「感動CX」の実現を掲げている。その同社がいま最も注目する企業の一社が、JR西日本だ。デジタル戦略専門部隊による知見の外販やJAXAとの共同研究など、いわゆる鉄道事業者の枠組みに閉じない、ユニークな活動を展開してきた彼等が次に見据えるのは、CXの進化だ。来春「WESTER(ウェスター)ポイント」の新設に伴い、これまでグループ内のサービスごとに分かれていたポイントの統合を実施するところからも、そこへの本気度が伺える。JR西日本デジタルソリューション本部長の奥田英雄、同、デジタルソリューション本部データアナリティクス担当部長の宮崎祐丞がその詳細を語ってくれた。

移動だけに頼らない事業ポートフォリオをつくる


則武譲二(以下、則武):JR西日本では「デジタルソリューション本部」を設立後、さまざまなDX戦略を推進されています。どのような方針を掲げられているのでしょうか。

奥田英雄(以下、奥田):まず、私たちが置かれている現状ですが、パンデミックによって2020年度は対前年マイナス89%という、過去に類を見ない数字まで落ち込み、未だ回復できていません。

というのも、当グループの事業は、JRの最寄駅から新幹線まで含めた移動が中核となっており、この移動範囲の中に自動販売機、コンビニ、レストラン、ショッピングセンター、ホテル、お土産等のサービスがすべて入ります。そのため、コロナ等で移動がなくなるとすべての事業が大打撃を受ける構造です。この状態を変革するべくDXに着手しました。DX戦略においては、移動を基軸にした既存事業の構造改革と高付加価値化に加え、移動に頼らない事業ポートフォリオの構築を重要テーマに掲げています。

則武:DXを変革の中心に置いたのにはどのような理由があったのですか。

奥田:DXを変革の中心に置かない限り勝ち目はないと判断しました。この判断に至るまでに、自分たちの事業を捉え直し、分析を重ねました。まず自分たちが事業を展開する領域について、X軸に居住地(都心集中or分散化)、Y軸に余暇の過ごし方(リアルorデジタル)をとって四象限で分析してみたのですが、これまで私たちのメイン領域だった「都心集中かつリアル」の領域においてさえも、コロナをきっかけにデジタルが浸透し、大きな変化が起きつつあることがわかりました。リモートワークの定着、EC利用率の増加、日本が直面する少子化の流れなどを踏まえるとデジタルによる変革の波は不可逆であり、リアルの鉄道事業者であっても、次のステージに行くための最重要課題はDXであると認識しました。

一方で、幸いにも、グループには移動データやお客様データ、購買データ、運行データ、そして保守データなど膨大なデータが蓄積されていることも改めて気づかされました。これらのデータを徹底的に分析し、仮説を立ててリアル体験に落とし込むことで顧客に新しい価値を提供し続け、さらに私たち自身の働き方も変えていくことができる。そんな構想のもと、20年11月にデジタルソリューション本部を立ち上げ、「顧客体験」「鉄道システム」「従業員体験」の3分野の再構築を図っていく方針を固めたのです。


奥田英雄 西日本旅客鉄道 取締役兼執行役員 デジタルソリューション本部長

則武:DXを牽引するデジタルソリューション本部は何人ぐらいの組織なのですか。

奥田:もともとはMaaSのチームで、2、3年前までは2人体制でしたが、いまは他部署との兼務も含めると190名ほどにまで拡大しました。ポストコロナを見据えた事業構造改革にDXが不可欠と考えた社長が自ら本部長に就き、一気にここまで来ました。

則武:ものすごいスピード感ですね。「顧客体験の再構築」ではどのような取り組みを推進されているのでしょうか。

奥田:鉄道を中心としたマスマーケティングからガラッと視点を変え、一人ひとりのお客様に対するマーケティングを強化します。まずは、お客様とつながるアプリ「WESTER(ウェスター)」を充実させ、個のニーズに合わせてグループ内のサービスをOne to Oneでレコメンドできるようにします。また、Web上の予約サイトやECモールの拡充も図っていきます。

さらに、グループが展開する交通系ICカード「ICOCA」や多機能型クレジットカード「J-WESTカード」などを進化させつつ、グループ内にある複数のポイントサービスを「WESTER(ウェスター)ポイント」として23年春に統合する計画です。個を捉え、サービスをつなぐモデルへ大きくシフトすることで、JR西日本のファンづくりにもつながると考えています。

則武:宮崎さんはデジタルソリューション本部の初期メンバーであり、これまでにも新たな顧客体験を設計されてきました。現場の肌感としてどのような手応えを感じていますか。

宮崎祐丞(以下、宮崎):正直言って、コロナ前までは新幹線需要が底堅かったこともあり、「個」に着目しなくても、ダイヤ増発や正確性を磨き上げれば右肩上がりに結果もついてきていました。しかし、その状況がコロナで一変しました。これからはデジタルの力を駆使してデータを分析し、「個」のニーズに合わせてカスタマイズしていくことが重要になると考えています。

世の中ではアマゾンや楽天が当然のようにOMO(オンラインとオフラインの融合)をやっていますが、私たちも大量の価値あるデータを保持しています。しかもそれは人のオフラインの動きを把握できるデータであり、これを武器にすれば十分価値を発揮できると考えています。実際に外部の力も借りながら検証を始めてみると、自分たちも驚く分析結果や打ち手につながる仮説が出てきました。デジタルをもってすれば、「個」にとっていちばんお得で便利な楽しい世界が目指せることも分かってきました。体制も現在の規模にまで拡大して、「顧客育成を本気で頑張るんだ」という意気込みでやっています。


宮崎祐丞 西日本旅客鉄道 データアナリティクス担当部長


則武:顧客を深く理解したうえでサービス設計することはCXには欠かせないポイントです。まさに、デジタル技術の活用が御社のビジネスに抜本的な変革をもたらそうとしているわけですね。

「日常」でポイントを貯め、「非日常」をお得に楽しむ


則武:ポイント統合に関しては、ポイントをいかに貯めて使っていただくか、そこにどんなワクワクや楽しみを付けられるか、JR西日本さんならではの「顧客体験」を設計することが重要になると思います。というのも、現在の国内市場では乱立していたポイントサービスの淘汰も始まっています。

奥田:よくわかります。「大手のポイントサービスに勝てるわけない、なぜやるねん」。そういった疑問の声は、実はグループ会社からも多く投げかけられました。しかし、彼らに勝ちたいと思っているわけではありません。世のポイントサービスが、他を淘汰し、広く普及することを目指しているのに対し、「WESTERポイント」はある一定の層に深く刺さるサービスにしていきたいと考えています。

そのうえで重要視している観点が2つあります。まずいちばん重要なのは「貯めやすさ」です。通勤や買い物など普段の日常生活のなかで貯めやすいことが大事です。次に使いやすさ、それも「非日常の楽しみにも活用できる」ことです。日常の中で使いやすいのは大前提として、非日常での楽しみについて、「個」のニーズを集約した「スモールマス」に対して、アプローチする必要があると考えています。

いま検討を進めているのが「新幹線」でのポイント利用です。とりわけメリットを享受できるのが、出張の多いビジネスパーソンです。企業ルールにもよりますが、通勤定期や出張時の新幹線代、宿泊代などでポイントが貯まります。貯まったポイントは、家族の幸せのために、恋人の笑顔のために、そして自分のエネルギーチャージのために活用してもらいたい。その実現に向け、宮崎率いるデータチームがポイントで割り引ける上限額等の最適値を探索しています。

則武:何気ない日常と特別な非日常がポイントサービスでつながっていくのは面白いですね。新幹線は同じ非日常の体験にあたるフライトよりも手軽に楽しめる点も含めて、ポジショニングが独特ですし、私自身ワクワクしながら見守りたいと思います。

キーワードは「リピート」と「バラエティ」


則武:CX向上のために現在取り組み中のPoCなどはありますか。

宮崎:先ほど奥田の話にもありましたが、ビジネスパーソン向けの施策を少しずつ試しています。

例えば、出張先で快適に過ごしていただけるよう、ホテルのグレードアップの案内や地元の名物料理が食べられる食事処、土産店などを、時間を追ってAIでレコメンドしたり。始発があと1時間早ければ午前中に打ち合わせができる、逆に終電が1時間遅ければ食事もして帰れるといった顧客体験に立ち返って実際にダイヤを変更して検証したりもしています。金曜の夜など新幹線の予約変更がしづらいときには、発車時刻までの空いた時間にワークスペースをお得に利用できるサービスも、現在検討中です。

具体的にPoCでは、アンケートやその他データ分析に基づいた「顧客の嬉しさ」の所在を探っています。わかりやすい例があります。とある地方都市の中核駅で駐車場を無料にするサービスを検討していました。サービスの実装に向けて、実際にアンケートを取って見ると「出張時は駐車場代も会社の経費から出るから、料金は別に気にしていない」「車での利用者が多く、駐車場が取り合いになるから予約できるようにしてほしい」といった声が多く聞こえてきました。ビジネスパーソンにとっては、無料であることよりも、予約できることの嬉しさが大きかったのです。これは、CXの目線でサービスを見つめ直すことで、顧客にとっての真の価値が明らかにできたよい例だと思っています。データアナリストとして、こういった取組みは継続的に行う必要があると思います。ビジネスパーソン向け以外にも、全体を対象とするサービスで「ICOCAに+(プラス)」というサービスについても実証実験の位置付けで、期間限定で実施しています(2022年12月31日まで)。これは「ICOCA定期券」を利用している方を対象にグループの施設やサービスの利用時にポイント還元を受けられるサービスで、これまでは「通行証」でしかなかった定期券を、私たちのグループの「会員証」と捉え直すことで、お客様に嬉しさを感じてもらいながら定期券を継続していただき、関連収入を伸ばすところまで導線が引けるかを検証しています。このような考え方は今後の事業拡大に向けた秘訣ではないかとも感じています。

則武:そうすると、出張の際の新幹線利用や定期券利用というのは、多様な顧客体験を組み込むことで、顧客あたりの収益を上げるという狙いもあるわけですね。

奥田:おっしゃるとおりです。人口減少が進み、今後確実に顧客数が減っていくことからも、顧客当たりの収益は追求していきたいです。これについて、私たちの事業におけるキーワードは、「リピート」と「バラエティ」です。例えば、先ほどお話した新幹線でのポイント利用は「リピート」に当たる施策です。出張等の移動時に、飛行機ではなく新幹線を繰り返し選んでいただけるようにしていきたい。一方で、「バラエティ」に関する施策でいうと「ICOCAにプラス」が該当します。グループ内には鉄道、ホテル、飲食店、買い物等生活の導線に沿ったさまざまなサービスが存在します。これまではサービス間での連携が薄い部分もありましたが、今後は統合されたIDとポイントを以て、「個」のニーズに沿ったレコメンドをしていきます。そうすることで、グループ内のサービスを複数跨いで利用して頂く「バラエティ」化が実現できるのではないかと思っています。同じサービスを繰り返し利用いただく「リピート」と、異なるサービスを広く利用して頂く「バラエティ」。この積み重ねが私たちなりのCX向上につながると考えています。


則武譲二 ベイカレント・コンサルティング 常務執行役員 CDO

EXとCXが呼応する究極の世界


則武:ベイカレントのクライアント様のなかには「顧客視点でやるといっても何から手をつけていいのかわからない」「部門は立ち上がったが会社全体の動きにつながらない」など悩んでいる企業が少なくありません。いままさに変革の過程にある御社から何かアドバイスはありますか。

奥田:アドバイスというよりは、かつてない危機にさらされた私たちが実際にどう進めてきたかという点でしかお話しかできないですが、いい意味で危機感を醸成できたことは大きかったと考えています。私たちは直近2年連続で大幅な赤字を計上してしまったところから、骨の髄まで危機感をもち、DXの取組みに踏み出すことができました。他の鉄道会社さんが早急に黒字回復していったことも相まって、より一層の危機感をもった社内で、「逃げられない」状況を自分たちでつくったのです。中期経営計画を見直し「デジタル戦略の目指す未来」を公表したうえで、社長がデジタルソリューション本部長に就任することで、徹底的に逃げられなくしました。

則武:DX・CXの推進においては、危機感を抱くのと同時に、この抱いた危機感が風化する前に、自らを逃げられない状況に追いやることが重要だとお考えになられたのですね。そしてそれを社員一人ひとりが自分ごととして捉えられるように浸透させていったということでしょうか。

奥田:はい。EX(従業員体験)向上は全員参加型で推進しています。これもきっかけはコロナ禍でした。元々JR西日本グループの社員は、地域のために移動を守りたい、お客様とコミュニケーションを取って接客したいと思っている人が多いのですが、コロナ禍では接客したくても、肝心なお客様がいませんでした。このとき蓄積された「欲求」をデジタル戦略と接合させる、というのがJR西日本におけるEXの根底にある考え方です。DXによる効率化で社員の余力を生み出すことが、EXの向上へとつながる。そしてその余力が、彼等がもつ「欲求」をCXの向上へとつなげていく。そんなサイクルを生み出そうと取り組んでいます。

ここで重要なのは、IT・デジタルによる効率化を、道具を入れて終わりにしないことです。現在、JR西日本では、各現場や部門にIT・デジタルがわかるエバンジェリスト1,200名を配置し、事業推進をリードする部課長級の社員とペアを組ませ、好循環を生み出す基点としています。この推進方法によって、社員全員が「業務改革に本気で取り組む」ことを自覚するようになりました。実際、自ら考えて行動する社員が増えてきたことを肌で感じています。

則武:EXとCXが呼応し、奏功してきた様子がよくわかりました。宮崎さん、データアナリストとしてはどのような意見をおもちですか。

宮崎:スモールスタートでもいいので、まずは取り組み始めることが大事だと思います。私たちの部門は、設立当初2,3人だった頃から将来のDXを視野に入れながら、社内各所で小規模ですが仕込みをしていました。それがコロナ禍によって増幅した危機感を背景に、(既に別で部門が存在する)マーケティング分野まで領空侵犯しながら、組織を育ててきました。

取り組みの結果、EXが上がったか、さらにはそれがCX向上につながったかどうかは、実験を繰り返し、フィードバックを得続けることで実態をつかめると思います。とにかくアジャイルに展開し続けることが大事ですね。

則武:デジタル技術が人と人をつなぎ、新しい価値が次々に生み出されようとしています。最後に、さまざまな取り組みの先にどのようなワールドを提供されたいのか、JR西日本グループの今後の展望をお聞かせください。

奥田:鉄道事業というリアルに絶対的な強みをもつ私たちが、DXの進展のなかでさまざまなソリューションを生み出す。そのこと自体が、これまでのJR西日本の範囲を超えた事業展開の種になると考えています。

「移動」を基軸にしながら、移動に頼らない事業ポートフォリオをつくることで、日本の、世界の人々に価値を提供する。それが再構築の目指す姿だと思っています。西日本という地域に根を張りながら、世界に羽ばたくところまでを見据えて、1つ1つの取り組みをグループ一体となって進めていきたいです。


奥田英雄◎西日本旅客鉄道 取締役兼執行役員 デジタルソリューション本部長。
1992年入社。不動産部門を経て、主に企画部門で経営戦略、設備投資及びM&A等を牽引。JR西日本イノベーションズ社長を経てコロナ禍にグループデジタル戦略を策定、同時にデジタルソリューション本部を立ち上げ副本部長、2022年6月より現職。

宮崎祐丞◎データアナリティクス担当部長。
2001年入社。新幹線の保線部門などを経て、2022年6月より現職。鉄道車両・地上設備メンテナンスのAI & IoTの活用による生産性向上、戦略アナリティクスによる効果的なマーケティングの実現に取り組みながら同社のDXをリード。

則武譲二◎ベイカレント・コンサルティング 常務執行役員CDO
ベイカレントにおけるDXコンサルティングの統括責任者。主に全社・事業戦略の策定、新規事業の立ち上げなどのテーマに従事。著書に『戦略論とDXの交点』(共著、東洋経済新報社)などがある。
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