この十か条そのものが豊かな食の未来へ向けての提言であるが、桑木野氏は具体的にどのように取り組んでいるのか。話を聞いてみた。
「私は、ただ料理をするということができないんですね。美味しいものを作って、食べていただいて、幸せを感じてもらう。それは素晴らしいことですが、それだけでは浅いと思うんです。他者との関わりや健康、どうやって生きるべきかということを常に考えて料理をしています。脈々と受け継がれてきた伝統的なものを伝えることも大切ですし、私の使命だとも思っています」
里山十帖の料理は、地産の食材を使いながらも、昔ながらの田舎料理として供されるのではなく、今の時代のアンテナにぴたりと感度を合わせた、ある意味尖った料理に仕上げられている。それは、桑木野氏が地域の恵みや伝統を受け継ぎながらも、「食の力で今の人たちの感性に訴えかける方法」を模索しているからだ。
山菜の採り方にもきちんとルールがある。乱獲がいけないのはもちろんだが、山にきちんと手を入れないのもいけない。山が荒れてしまうからだ。また、ぜんまいは雌雄別株で、雄株は繁殖のために残さないといけないという。
処理の仕方も複雑だ。その日のうちにざっと洗って干し、さらに優しくもみ洗いしてから1週間ほど干し上げる。そうした処理は50代、60代でも知る人が少ない、80〜90歳のおばあちゃんたちの知恵だ。それを受け継いでいくために残された時間は少ない。お客様にはそうした山菜を使った料理を、気づきのある“未知の味”として楽しんでもらいたいと思っている。
同時に、シェフや料理関係者、生産者などへ向けては、一緒に山に入るようなワークショップを通して伝えていきたいという。「いつかば海外のシェフへも発信していきたいと思っています。魚沼という場所は冬は雪に閉ざされ、ともすると閉鎖的になりがちだからこそ、外へ開いていきたいのです」と、夢は広がる。
無農薬、自然栽培に近い野菜を使っているのは、体に入れるものはできるだけ、自然なものでありたいと同時に、味やもちが全然違うからだそうだ。野菜はほとんど、村の人たちが栽培しているものを使用している。これは「食材には旅をさせない」という第五条そのままだ。
「村の人たちの野菜は、自分たちが食べるために作っている野菜でもあるので、多少の肥料は与えても、農薬など害になるものは決して使いません。そうした野菜を一度体に入れてしまうと、体がその野菜の力を覚えてしまうんですね」とにっこり笑う。