キャリア・教育

2022.11.19 17:30

見た目もおいしい「嚥下食」を発信 食べる力の驚異的回復 #人工呼吸のセラピスト


押富さんは介護福祉士を対象にした講演(2015年)で「私は、おいしい食事は口から食べて、まずい薬は胃ろうから入れちゃいます」と笑わせた後、病院の嚥下食についてこう話した。

「病気になって入院すると、おいしく・楽しく食べることよりも、安全にきちんと食べることが大事になってしまいます。私は、これはとてもさみしいことだと思います」

「だって、病人にこそ、食事は楽しみなんですよ。なのに、何かわからないドロドロが皿に盛られた嚥下食。全部の食材が一緒に刻まれた刻み食。いくら誤嚥しにくくたって、これでは食べる気はなくなります」

だからこそ、在宅療養を担うホームヘルパーたちに「おいしく食べること」がどれほど大切かを講演で訴えたのだ。

左目は失明状態に 命の危険で手術を決意


作業療法士は、生活にやりがいや潤いをもたらす「作業」を提案することも仕事の一部。このブログを始めたころの押富さんは「地域の中での作業療法士の可能性」を真剣に考えるようになっていた。「病院で患者に接する仕事をする」という復職の目標を断念して、今の自分にできることを考え始めた時期だったのだ。

そこに至るまで、並の精神力では耐えられないほど多くのものを失った。

前回紹介した仲間の結婚式(2009年7月)に出席した後、しばらくたって左目が見えにくくなった。カテーテル感染による真菌が眼内炎を起こしていて、手術も難しく、次第に進行して失明状態になった。もともと重症筋無力症で、物が二重に見える「複視」の症状があり、片眼を閉じて目のピントを合わせる癖がついていたため、気づくのが遅れた。

翌10年1月には、肺炎と敗血症が重症化し、生命が危ぶまれる状態になった。

治療の手を尽くした若い主治医は、夜中に押富さんの手を握り「お願いだから頑張ってよ」と、彼女の生命力の強さに望みを託して声をかけ続けた。

危機を乗り越えた後は、絶飲食、寝たきり、人工呼吸の状態に。主治医と耳鼻科医は、誤嚥性肺炎を防ぐ喉頭分離手術の必要性をあらためて強調した。

声を失いたくない押富さんは泣きながら、文字盤で「ほかにほうほうはないの?」と訴えたが、主治医も目を真っ赤にして、説得した。

同年7月1日。4時間に及んだ喉頭分離手術は無事に成功した。半月ぶりにうがいを許された押富さんは、口に含んだ水の感触に喜びを覚えたという。しかし、誤嚥の恐れはなくなっても半年の絶飲食で咽喉の筋力はさらに弱り、ひと月たっても水を飲むこともできない。ストレスに苦しみながらも、主治医や看護チームに支えられた。ようやく「スープをなめられた」「ゼリー食を一口食べられた」と、口で味わえる喜びをブログでつづるようになった。
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文=安藤明夫

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