マーベル・スタジオ攻めの姿勢
「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」の監督は、前作に続きライアン・クーグラーが担当している。彼の長編デビューは「フルートベール駅で」という作品だった。カリフォルニア州のオークランドで実際に起きた警官による射殺事件を題材にしているが、射殺された青年の日常がドキュメンタリータッチで描かれており、メッセージ性もかなり強い。
(c)Marvel Studios 2022
ライアン・クーグラーは1986年生まれのアフリカ系アメリカ人。フットボールの特待生として大学に入学するが、そこで脚本を執筆する機会を得て、映画の道へと進む。ジョージ・ルーカスやロバート・ゼメキスなど多くの映画監督を輩出した南カリフォルニア大学へ再入学すると、そこで4本の短編映画を発表する。
2013年、独立系の映画が取り上げられるサンダンス映画祭で前出の「フルートベール駅で」が上映されると絶賛され、配給権の争いも起きたほどだ。同作品はカンヌ国際映画祭のある視点部門に選出され、第1回の長編作品賞も受賞している。2015年には「ロッキー」シリーズのスピンオフ「クリード チャンプを継ぐ男」を脚本・監督。映画はヒットして、作品的にも高い評価を得る。
(c)Marvel Studios 2022
2018年、「ブラックパンサー」の監督に抜擢されたが、正直言って「フルートベール駅で」を撮った人間が、スーパーヒーロー映画のメガホンを取ることにやや違和感を覚えたのも事実だ。
近年、マーベルコミックを原作として次々に同じ世界観のもとに「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」という一連のシリーズを送り出しているマーベル・スタジオ。このところ「マイティ・ソー バトルロイヤル」(2017年)のタイカ・ワイティティや「エターナルズ」(2021年)のクロエ・ジャオなど、アクション系ではない作家性の強い監督の起用が目立っていた。
この監督のキャスティングにはまさにマーベル・スタジオの攻めの姿勢が現れている。ライアン・クーグラーもそのような代表の1人だといえる。いつの日かコミック原作のスーパーヒーロー映画が、アカデミー賞の作品賞や監督賞に輝く日も近いかもしれない。
実は「ブラックパンサー」の続編は、主人公を演じたチャドウィック・ボーズマンがこの世を去る前から計画されていたという。したがってプラックパンサーの設定もそのまま生かされて進行するはずだった。しかしボーズマンの死で、物語の改変が検討される。
結論としては、主人公の代役は立てずに、物語自体を「ブラックパンサーである国王が死去したワカンダ王国」という設定に変更することになった。物語はその偉大なる国王の死から始まり、先進の科学技術に彩られたワカンダと世界の関わりが緻密に描かれていく。
「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」は11月11日(金)から全国劇場にて公開中(配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン)/(c)Marvel Studios2022
もちろん未来都市や海中を舞台にした独創的なアクションもたっぷり用意されている。また、ブラックパンサーを継ぐ者は誰なのか、そのことにも期待感を抱かせる展開となっている。そして最後の最後には微笑ましいサプライズシーンもある。
とはいえ、ライアン・クーグラー監督が描こうとしているのは、もちろんそれらだけではない。冒頭でも触れた資源の争奪戦、強力なリーダーを失った国がどのように外敵と立ち向かうのか、そして征服者に対する先住民たちの命を切り裂くような思い、それらのテーマが物語のそこここに散りばめられている。
スーパーヒーロー映画を超えたクオリティの高い楽しみに「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」も貫かれている。
連載 : シネマ未来鏡
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