追いかけたカズより先に引退となった中村俊輔の引き際


「いつもメンバーに『入りたい、入りたい』と言って、めちゃくちゃ悔しがっていますからね。練習から絶対に手を抜かないし、選手としての価値というか、そういうのが全然違う。自分もカズさんの前では手を抜けないし、この人に自分のいいプレーを見てほしいと思えるし、それでも同じ立場の選手だし。不思議というか、唯一無二の存在ですね」

新天地を横浜FCへ求めた俊輔は、しばらくはベンチ入りもできない状況に直面した。この先はJ3への移籍か、それとも現役引退か。頭をもたげてきた危機感を、新たに立てた誓いで必死に打ち消していた。3年前のこんな言葉だ。

「ちょっとでもモチベーションを落としたらダメ。ずっと張り詰めさせてさえいれば、必ずどこかで引っかかる。絶対にあきらめずに、粘って、もがいていかないと」

自分を信じて、もがき苦しんでいく過程の尊さを教えてくれたのがカズだった。しかし、舞台をJ1に移した21シーズンまでの2年間、出場試合数、プレー時間ともに不本意な成績に終わった2人は、今シーズンから再び別々の道を歩み始めた。

さりげなく教えてくれた移籍


22年1月中旬。キャンプ先からオンライン取材に応じた俊輔は、4部の日本フットボールリーグ(JFL)鈴鹿ポイントゲッターズへ期限付き移籍したカズへの偽らざる思いを明かしている。

「やっぱりカズさんがいないのは単純に寂しい。今年のキャンプを見ても、いつも先頭で走るとか、カズさんがやってきたことがすぐにわかるから」

率先してランニングを引っ張る姿だけではない。例えばパス交換でちょっとでもコースがずれると、大声で「ごめん」と謝るカズの姿に俊輔は何度も感銘を受けてきた。

「ほんのちょっとミスをしただけなんだけど、常に高い意識を持っているからそうやって謝ってくる。カズさんがこのチームに残してくれたものは個人個人の脳裏に焼きついているはずだけど、僕のなかではメンタル的なものの方が大きい。カズさんの練習への取り組み方やめちゃくちゃ高い熱量を大事にして、自分でも意識しながらやっています」

カズの移籍は背番号「11」にあやかって、今年1月11日午前11時11分に発表された。

俊輔はカズ本人から発表前に移籍を明かされている。年が明けて間もない1月6日か7日だったと俊輔は記憶している。21年末の段階で横浜FCとの契約を更新し、26年目のシーズンを再びJ2で戦うと決めていた俊輔は自主トレを行おうと、早朝の午前8時ごろに横浜FCの練習場へ到着した日だ。

「そうしたら自分よりも早く、カズさんも練習に来ていたんですよ」

練習の虫と自負する俊輔は、自分よりも早い時間帯に自主トレを行い、汗を流していたカズの姿に驚かずにはいられなかった。そして練習場を後にするカズと交わしたあいさつのなかで、すでにメディアで報じられていた鈴鹿への移籍を告げられた。

「報道通りのところへ行くかもしれない、と。シュンらしいプレーをして頑張れと。カズさんも頑張ってください、また一緒にやれたらいいですねと自分も言いました」

残念ながら再共演は果たせない約束となってしまった。

6月に右足首へ2度目のメスを入れた俊輔はシーズン中にピッチへ戻る目標を最後に掲げた。そして、いよいよ復帰が近づいていた10月9日。カズと再会を果たす。勝てばJ1復帰が決まる大分トリニータ戦が行われた横浜FCのホーム、ニッパツ三ツ沢球技場をカズが訪れた。東京・国立競技場での試合を終え、古巣の歓喜の瞬間を見届けようと足を運んだカズへ、俊輔は引退を打ち明けたのだ。
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文=藤江直人

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