個別企業の経営にとって企業の持続性は、当然ながらもっとも重要な価値の一つです。私自身も、2年前、地域に密着した「エッセンシャル」な企業の持続性、生産性向上を応援することをパーパスとした投資・経営会社「日本共創プラットフォーム」を仲間と一緒に立ち上げました。主要メンバーが還暦過ぎてからのスタートアップなので「還暦ベンチャー」と自称しています。おかげ様で、現時点において、金融機関や事業会社17社に対して種類株式を発行し数百億円を調達、連結従業員数で約6,000人のサイズになっています。今後も地域企業経営の恒久的なプラットフォームとなるべく活動を加速させるつもりです。というわけで、知行合一、個別企業のステークホルダーにとっては、当該企業がより長きにわたって、できれば時代の波濤を超えて、数十年、数百年と続くことは、基本的に望ましいことです。
その一方で、経済社会全体の持続性、健全性にとって、個別企業が長寿であることがそれに貢献できるか、というと、そう単純な話ではありません。経済社会というのは、そこで活動する企業で構成される生態系、エコシステムのようなものです。かのスティーヴ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行った有名なスピーチにも出てきますが、「死」がもたらす世代交代、すなわち新陳代謝は生態系が持続的に健全性を保ち、進化発展するうえで決定的に重要な意味を持ちます。これは人間社会においても同様で、政治であれ経済であれ、大きなイノベーションは、耐用期限が過ぎた政治体制や企業・産業が淘汰され新しいものに取って代わられる「革命」という名の新陳代謝を不可避的に伴って人類史を前に進めてきました。これは人間が習慣と経験の生き物であり、個人として不連続な変化に対応する変容力に限界があり、その集合体である個々の組織においてはますます難しい、という我々の本性に起因しています。古来より先人はこのことを理解しており、仏教で言えば人間社会の宿命としての「諸行無常」であり「盛者必衰」の理(ことわり)となります。
さて、こうした個別企業としての持続性指向と社会全体としての新陳代謝の重要性をいかに弁証法的に正反合するか?これが今の日本の企業社会、経営人が問われている本質的な命題、失われた30年にわたり超克できなかった問題のように思われます。生々流転することが宿命的な人間社会においては、個別企業が長寿であることの積分値が社会全体としての善に必ずしもつながらないという問題をどう乗り越えていくか、という問いです。
私自身、産業再生機構の実務のトップをつとめてからのこの20年あまり、企業再生、産業再生の専門家として格闘してきた問題の本質は、まさにかかる矛盾の相克にあったように思われます。産業再生機構においては、10兆円の公的資金を用いて、有用な事業資産、組織能力を未来に向けて活かすべく個々の企業や事業の再生を図る一方で、いわゆるゾンビ企業やゾンビ事業をいたずらに国民の税金で延命させて産業社会の新陳代謝を妨げてはならない、という命題に取り組まなければなりませんでした。まさに個別企業の持続性と社会全体の持続性の相克問題です。
真に持続すべきは「株式会社」ではなく「ステークホルダー」
私は学者ではありませんが、この問題について、言わば臨床経験数で数百件、症例もグローバル企業からローカル企業まで、大企業から中堅中小企業まで、学術論文を書くのにも十分なn数を持っています。そこで、実証的な観点からかかる相克命題をアウフヘーベンする私なりの結論を述べたいと思います。
まず、経営者の使命感や倫理としては、長寿企業を目指すことは善であり、それを奨励すべきです。その上で踏まえておくべきことは、真に持続すべきものは、企業すなわち現代的な意味においてはほとんどの場合「株式会社」という形態の法人ではなく、その枠組みの中で営まれている事業であり、事業に関わるステークホルダーだということです。世の中的にそこがよく勘違いされます。特に日本では、長年、法人があたかも一つの人格的実態をもって存在する「法人実在説」的な風潮が長く支配的だったし実用的だった(社会のセーフティネット機能の大半を、生涯雇用責任を負う個別企業に依存する企業内共助システムだった)ので、会社の終わりがそこに関わる事業と組織(人材)の終わりだと考えがちです。最近も東芝の経営危機を巡って、何としても東芝という「会社」を守ろうという議論が盛んですが、株式会社としての東芝はあくまでも事業を営むための有限責任法人という法的擬制に過ぎません。これを勘違いすると箱を守るために大事な事業を切り売りしたり、事業を毀損し、当然そこで働く人々の人生も毀損したり、という本末転倒なことが起きます。大事なのは企業という入れ物の持続性ではなく、事業と人材が世の中のどこかで持続的に活かされることなのです。
私たちがリードしたカネボウの再生や日本航空の倒産事件はこの真理を証明しています。もはやカネボウという会社は存在しませんが、主要な事業は我が国の経済社会のどこかで今日も活躍しています。日本航空も見事に強力な新しい事業体として新生的によみがえり、厳しいコロナ禍も乗り越えています。
ですから経営者の倫理として、長寿企業を目指すことは善であるが、より高次の倫理として、それはあくまでも当該企業が営む事業とそれを支える組織体(人材集団)の持続性に資することが目的であり、企業という箱そのものの延命は絶対的目標ではないし、ましてや自分や自分の家族のエゴを実現するための手段ではないことを銘記すべし、ということです。
ちなみに私は家族経営否定論者ではなく、企業の統治体制の選択として、事業特性や沿革によってはオーナー企業経営的要素を残した方が持続性に資する場合が少なくないと思っています。国家の統治システムが多様であり(自由と民主主義という価値観を共有する国々の中でも立憲君主制を含めて様々な統治形態がある)、かつ変転してきたこと(かつてローマでは共和制から帝政に移ることで長期持続的な繁栄が実現された)から、個々の企業がかかる目的原理に資するガバナンス体制を、上場非上場も含めて選択すればよいと考えています。ただ、これとてオーナー一族の持続的繁栄は目的ではなく、企業あるいは事業の持続性のための道具にすぎないし、オーナー一族がそのことをわきまえることが、回りまわって一族の持続的繁栄につながるということです。
イノベーションに淘汰される企業は守るべからず
次に社会全体の視点、すなわち国の政策や法制度に関して企業の長寿性に対してどうかかわるべきか。ここでも私の結論はシンプルで、制度的には社会全体は長寿か短命かについて中立的であるべきで、事業的、経済的に成り立っている企業の持続性を妨げる要素が政策人為的に持ち込まれるべきではない一方で、顧客市場の変化やイノベーションについていけずに淘汰される企業を守ることは、企業の大小、業種を問わず行うべきではないということです。また、市場の失敗によって企業のスムーズな退出を難しくして新陳代謝を妨げるような制度的な欠陥があれば、それは果敢に修正すべきです。
非公開オーナー企業における保有株式に対する相続時の課税問題などは、相続はそこで清算的な所得確定が行われず、また流動性がなく市場価格も分からない資産である保有株式に疑似的な時価で課税する点で、税原理的に大きな矛盾があります。この問題で意味のない上場をしたり、株式保有の分散を行ってガバナンスが拡散してお家騒動の原因になったりと、むしろ企業とそこで営まれる事業の持続性を毀損するケースが多くなっています。要はオーナー一族が何らかの事情で株式を譲渡した時点で課税すれば税金の取りっぱぐれはないわけですから、相続時に無理やりフィクションを弄して課税する意味は国庫にとってもあまりない。現状、同じ一族が経営を継続することを条件とした課税繰り延べ制度を事業承継税制という名目で導入していますが、これとて同族が経営することは手段に過ぎないと考えると、この税制特典を受けるために無能な同族経営者に事業承継される本末転倒を生みかねない制度です。ここは根本的に課税基準を変えるべきです。
他方、国が色々な仕組みで既存企業の延命、救済のために投入する補助金、助成金、金融的な優遇は、経済危機対応のような一過性のものを除きほぼ全廃すべきでしょう。これは企業の規模に関係なく、です。市場経済原理では成り立たないが、公共財的に重要な事業や財(芸術や伝統技能、景観なども含む)を維持する必要があるものは、正々堂々と公共財として国や自治体が最終的な維持責任を負い、当該公共財の性格によっては、それを効率的な運用をしてくれる民間企業(営利法人、非営利法人)にコンセッションやPPPなどで任せる仕組みに転換すべきです。
また、スムーズな新陳代謝を妨げる、経営者が退出できない状況を作り出す経営者の個人保証の廃止や、債務超過の企業のM&Aによるスムーズな事業承継を行うための多数決原理による私的整理制度の導入などは可及的早期に実施すべきです。
我が国は少子高齢化で、構造的、恒久的な人手不足の社会になっていきます。そこで社会の持続性にとって単に雇用の受け皿になる企業は長寿短命を問わず必要ありません。企業間競争、産業間競争のなかでしっかり稼ぎ、自然淘汰を生き残る企業、そして高い賃金とよりホワイトな職場環境で希少資源である人材を引きつけて持続的な事業活動ができる企業しか存在意義がなくなるということを意味します。そして事業活動自体が環境や多様性と整合的でなくてはなりません。まさに企業経営の根本である自立自尊の精神を根本としつつ、政府の支援に頼らずに厳しい市場競争と、ダイナミックな経済と社会のイノベーションの大波を乗り越えてこその長寿企業の時代がやってくるのです。現役の経営者の皆さんには、かかる自己規律と倫理を持って持続性のある経営に臨んでもらうことを期待しています。
冨山和彦(とやまかずひこ)◎経営共創基盤(IGPI)グループ会長/日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長。東京大学法学部卒業、在学中に司法試験合格、スタンフォード大学経営学修士(MBA)。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年に産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、2007年に経営共創基盤を設立し、代表取締役CEO就任。2020年10月より現職。2020年日本共創プラットフォーム設立。パナソニック社外取締役。経済同友会政策審議会委員長。財務省財政制度等審議会委員、内閣府税制調査会特別委員、内閣官房新しい資本主義実現会議有識者構成員、内閣府総合科学技術・イノベーション会議基本計画専門調査会委員等も務める。『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』(文藝春秋)など著書多数。
本記事は「100年企業研究オンライン」に掲載された記事の転載となります。元記事はこちら。
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