通りに面した2面がガラス貼りのギャラリー、そのウインドウ上に、作家の原画を「カッティングシート」で再現した曼陀羅アートの美しさがきわだつ。原画のデジタル化、ならびに施工を請け負ったのはカッティングシートの老舗メーカー「中川ケミカル」だ。
この「奇跡のウインドウ」実現までの物語を聞くため、同社デザイナーの小林雅央氏を訪ねた。
装飾用シートのパイオニアとして
「カッティングシート」は、オフィスの壁に表示された社名ロゴ、展示会会場入り口のサイン、店舗のウィンドウディスプレイやその他ガラス装飾、室内装飾などでよく見かけるデザイン素材だ。
その第一人者が「中川ケミカル」、前身である看板、内装を手がける会社「中川堂」から分離独立した組織である。中川堂時代に塗料の代わりとなる商品としてカッティングシートの開発をスタートさせた、いわば、装飾用シートのパイオニアだ。
東京・東日本橋にあるショールーム「CS デザインセンター」では同社が手がける約1100種の装飾用シートを手に取れることから、その質感を確かめに訪れるアーティストも少なくない。
東京・東日本橋にある中川ケミカルのショールーム「CS デザインセンター」では企画展示が行われていることもある
「曼陀羅アート」制作で知られる画家、田内万里夫もその一人だった(関連記事:世界を驚嘆させる日本人曼陀羅作家は「ある夜の奇妙な衝動」から誕生した)。
たとえば「見た瞬間、ノックアウトされてしまった」と田内が言う同社製の「鉄錆シート」は、本物の鉄の粉を定着させて1枚のシートにしたものだ。経年によって生じる鉄錆を忠実に再現した色や質感から、田内は、同社の確かな技術力を直感したという。
錆の変化に富んだ表情を忠実に再現した、中川ケミカルの「鉄錆シート」(現在は製造を一時停止中)
「こんなに単純な絵でいいんですか?」
そして田内は、個展「MARIO」でのウインドウ装飾を同社にオーダーする。だが、実は彼が個展オープンの直前に中川ケミカルに持ち込んだウインドウ用の原画は、デザイナーの小林の一言で「ボツ」になった、というのである。
その一言とは、「こんなに単純な絵でいいんですか」だった。
小林にこう言わしめた経緯は、こうだ。田内は先だって、個展会場のウインドウ用の作品をかねてからの知人のグラフィックデザイナーに託し、データ化を依頼していた。だがスキャン元の原画が大きすぎて、ふだん書籍や雑誌のデザインを手がけているデザイナーの通常の作業のスペースでは思うような作業が不可能だった。
小林雅央氏(左)、田内万里夫氏