ビジネス

2022.10.31

トヨタ社長・豊田章男に聞いた「販売減でも過去最高益」一強の秘密

トヨタ自動車の豊田章男社長(Getty Images)


創業期に、「誰かのために」という哲学が発明を生み、市場を創造したと前に述べた。忘れられていたトヨタの思想が、なぜ浸透できたのか。レクサスのブランドトップから工場の従業員まであらゆる人たちに聞くと、誰もがこう言う。「豊田社長が言う“Youの視点”で仕事をした方が仕事が楽しくなるから」。新商品の企画書から工場の作業まで、すべて「Youの視点」ー。

Youとは顧客であり、仕事仲間である。例えば企画書。「Iの視点」の企画書は「俺が、俺が」の「つくりたい側の理屈」が並ぶ。「IをYouの視点」に変えることをあらゆる部署に取り入れて、人のために仕事をする。その結果、よい成果が生まれて、全体がよくなる。

Youの視点が結実したのが、新たなトヨタの設計・生産手法TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)という共通プラットフォームである。複数の車種で車台や生産ラインを共有するため原価を抑えることができ、品質を高める取り組みである。

家元経営とは何か

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茶道など、日本古来の「家元」という組織は、文化伝承を目的にできあがった文化集団だ。その始まりは17世紀前半期に遡る。戦国の世から平和の時代に移行し、新興武家貴族の「文化人口」が生まれた。遊芸・武芸の芸道を極めるために「家」が確立し、血縁者の家ではなく擬制としての「家」の形をとった。家元は創立の思想、技、所作の趣旨を伝承し今に発展している。家元由来の伝承はトップダウンだけでなく中間層の中でも行われ、教え、教えられる価値返報組織だ。全体が技と心を向上させるために同じ方向を向いている点で、トヨタの組織は、家元の構図になぞらえることができる。もっといいクルマをつくろう──に代表されるモノづくりの思想、業績に貢献するTNGAなどの技、そしてトヨタ生産方式(TPS)による所作。章男をトップにこれらが共有され浸透する組織。トヨタが家元経営と評される理由だ。

「家元経営」の時代


豊田が社長に就任した頃、アメリカで新型レクサスGSのワールドプレミアが行われた。その際に行われた懇談会で、あるジャーナリストが豊田たちに対して、「レクサスは退屈だ」と言った。

巨大組織の問題点がこの言葉に集約されている。社内は機能別に部門があり、設計、生産技術、調達、営業などの部署が最高のパフォーマンスを出したいと思っている。自分の軸を中心に考えてしまいがちだ。その結果、最大公約数の商品ができることになる。

TNGA推進部が苦労したのはこの点だ。機能別の意識をどう変えるか。「Iの視点」ではなくYouの視点を促したものこそ、豊田が社員に呼びかけた「もっといいクルマをつくろうよ」である。これは経営方針を「商品軸」に変えるという宣言でもあった。
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文=中田浩子、藤吉雅春

この記事は 「Forbes JAPAN No.096 2022年8月号(2022/6/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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