【対談】岩井克人 x 孫泰蔵 経済敗戦の要因は「1周遅れの株主資本主義」にあり

孫 泰蔵(左)と岩井克人(右)


世界で最も株主主権論が強い国


孫:私が起業した時は、インターネットの黎明期。若くて何ももっていない自分たちと大企業がまったく同じスタートラインで、自由に挑戦できる。そんな米シリコンバレーのスタートアップカルチャーに、大いに影響を受けました。シリコンバレーに行くとアジア人もかなり多く、ならば、アジアにシリコンバレーのようなエコシステムをつくろうと動きはじめました。

補助金を出すだけなら砂漠に水をまくようなもの。小さくてもいいからオアシスをつくって、少しずつ広げて豊かな森をつくろうと考え、まずは教育的なアクセラレータプログラムをやったり、エンジェル投資をしたり、ベンチャーキャピタル育成のため、その出資者にもなりました。スタートアップを紹介するメディアやイベントも企画したり、いろいろとやったのですが最近とてもむなしい気持ちになっています。

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孫泰蔵

岩井:それはいったい、どうしてなのでしょうか。

孫:「お金を出したのはこっちなんだから、俺たちの言うことを聞け」という間違った株主主権が、日本のスタートアップ・シーンを席巻しているからです。投資家の声があまりに強すぎる。特に役員会で強く感じます。

起業家たちが報告をしても、ベンチャーキャピタルの人たちが「そんなことをしている場合ではない」と経営の細かいところまで、マイクロマネジメントをしている。私はシリコンバレーのスタートアップの社外役員もしていますが、さすがにそんなナンセンスなことは起きません。日本には、アメリカ型の株主資本主義の劣化コピーが根付いてしまった。つくりたかったエコシステムはこんなものではなかった。このままではいけないと重く受け止めています。

岩井:孫さんにはそのことを、声を大にして言ってほしい。私は日本が「1周遅れた株主資本主義」の国になったことが、日本の失われた30年の原因だと考えています。

長年オックスフォード大学で教壇に立っていた会計学を専門にする早稲田大学のスズキ・トモ教授は、00年初頭から現在までを「株式市場の逆機能の20年」と表現します。20年前、日本は外国からの資本を導入するため、株式市場を株主主権論的なものに変え、外国の投資家が投資をしやすいオープンな環境を目指した。供給されるリスクマネーが大企業の設備投資、R&D(研究開発)、イノベーションへの投資にまわることが期待されていました。

しかし、実際には日本の株式市場にリスクマネーは新規投入されていない。過去20年、従業員給与、経営者の収入、設備投資、R&Dは横ばいで、代わりに配当と自社株買いは約20倍に。株式市場では、リスクマネーの供給でなく、株主還元が加速しました。

孫:株主還元が過剰に求められることは、株主総会を開くたびに感じました。中長期的な視点で次の新しい収益源をつくるための投資を行うこと、それが結果的に株主の皆さんに還元されると一生懸命に説明しても「そんなこといいから株価上げろ!配当出せ!」と必ずヤジが出る。そういう人はごく一部だというのはわかってはいますが、株価を上げることを求められる証券会社やIRの担当者には強く影響を与えてしまう。

ただ、いくら配当を出すべきか、自社株買いをすべきかを決められるロジックは存在しないので、担当者もほかの会社との比較表しかデータを出すことができません。
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文=フォーブス ジャパン編集部 写真=吉澤健太

この記事は 「Forbes JAPAN No.100 2022年12月号(2022/10/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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