「ステークホルダー資本主義ランキング」で1位の座を射止めたグローバル食品メーカー、味の素。社会課題の解決と経済価値の創出という命題を託された新社長が語る、時代が求める企業経営のあり方とは。
修羅場に強い経営者だ。
2022年4月に、味の素の代表執行役社長最高経営責任者に就任した藤江太郎。海外駐在歴が10年以上と長く、赴任先の中国では大幅赤字だった食品事業の現地黒字化に成功。11年にはフィリピン味の素の社長として現地法人の業績を立て直した。一方で、味の素素労働組合委員長の経験もある。社内もグローバルも知り尽くした人物だ。
エースという言葉がふさわしい経歴ですね。撮影中、そう声をかけると「いやいや、失敗ばかりですよ。辛酸もなめましたし」と気さくな物言いで返してきた。
「でも、そのほうが社員は親近感が湧くでしょうから、挫折した経験もどんどん話すようにしています」
今回、「ステークホルダー資本主義ランキング」で1位となった味の素。「アミノ酸のはたらきで食と健康の課題解決」というパーパスを軸に、社会課題を解決しながら経済的な価値もつくり出す「ASV(Ajinomoto Group Shared Value)経営」に取り組んでいる。
ウクライナ情勢に世界的なインフレなど、事業を取り巻く環境が刻一刻と変わるなか、就任後すぐに「100日プラン」をつくった。100日で成果を出すもの、ロードマップをつくり上げるもの、課題を洗い出すものに分類し、約3カ月で実行。22年度の第1四半期の業績は売上高、事業利益ともに過去最高を達成した。
「経営の意思決定と執行のスピードアップに向けて、着実にギアチェンジができていると実感しています」
魅力的な泉に従業員を連れ出す
ステークホルダー資本主義ランキングでは、5つのカテゴリーから企業をスコアリングした。うち、味の素が特に高スコアを獲得したカテゴリーはふたつある。
ひとつが「従業員」だ。味の素は元々、産学協同で始まったベンチャー企業だ。それもあって、「味の素グループWay」のひとつに「開拓者精神」を定めている。
だが、藤江は従業員に「開拓者精神をもて」などと言うつもりはない。なぜなら、従業員のやる気が自ずと高まることこそが企業の持続的な成長の要だからだ。
労働組合の委員長を務めたこともある藤江は、社員の話を傾聴することを重視する。このときは、撮影中にたまたま会った女性社員に仕事の近況を尋ねていた。
「経営者の役割のひとつは、おいしそうな水が湧き出ている泉の近くに社員を連れ出すことです。ファーストペンギンが泉に飛び込んで幸せそうに泳いでいる姿を見せて、エモーショナルに訴えかける。楽しそうな場面に出合うと、もっと深く知りたい、学びたいと思うのが人間です。それが、志や熱意の高まりにつながる」
従業員を泉に連れ出し、ASVを「自分ごと化」してもらい、エンゲージメントを高める。そのために、味の素ではさまざまな取り組みを実施している。