ビジネス

2022.10.25

味の素新社長が語るステークホルダーを導く「魅力的な泉」とは

味の素 取締役 代表執行役社長CEO 藤江太郎


フィリピンで事業をやっているのは、自社の業績をあげるためではない。いちばんの目的は、地域社会を含めたすべてのステークホルダーが幸せになることだ。

「企業の業績をよくするのは、幸せになるための原資を生み出す手段であって、目的ではない」

とはいえ原料の高騰は続いている。現地スタッフは「ワンコインじゃないと売れない」「内容量を減らすしかない」と言ってくる。だが、本当にそうだろうか。

「どうしてもワンコインじゃないとダメなの? 2ペソでもいいんじゃないの?」

藤江はスタッフにそう問いかけた。常識を手放すには勇気がいる。慎重論や反対論もある。こういうとき、大切なのは傾聴し、対話を重ねることだ。連日、膝を突き合わせて話し合った。そんななか、従業員から想定外の意見が出る。

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役員フロアから階段を使って移動中。

「ここは“More than double”ですよ。価格を2倍にするなら、内容量は2倍以上の9グラムに増やしましょう」

価格が倍になる分、割安感を出す。この戦略が当たった。当時のフィリピンでは、1回の調理で1袋分を使い切る家庭が大半だった。内容量が増えれば「味の素」の使用量も増え、料理がおいしくなる。他社の調味料を併用する必要もない。顧客の満足度はぐんと高まり、業績は一気に向上。藤江が在任していた3年間で、フィリピン味の素の事業利益は25倍になった。

それだけではない。内容量を増やした分、相対的にビニール袋の使用量が減り、プラスチックごみの削減にもつながった。顧客が喜び、企業も潤い、環境にもプラスになる。まさに「三方よし」だ。

トレードオンの成功事例はほかにもある。藤江が15年に社長に就任したブラジル味の素では、さとうきびを原料に「味の素」をつくっている。原料と発酵菌をタンクに入れて混ぜ合わせ、発酵させてアミノ酸を作り出すのだが、「味の素」の原料を取り出して残った発酵液にもアミノ酸がたっぷりと含まれている。

これを有機肥料として農家に販売し、搾りかすはバイオマスボイラーの燃料に活用。この一連の取り組みが売上高の向上はもちろん、廃棄物の削減や再生可能エネルギー比率のアップにもつながっている。

「中期経営計画はやめる」


社会課題解決を経済価値の創出につなげる味の素だが、目下の課題は価値創造のスピードとスケールをどう高めるかだ。

「いまは先行きが不透明で、予測しにくい事業環境です。変化をしっかりとらえていくことが大事だとつくづく思います」

そうなると、中期経営計画のように目先の計画をつくり込む手法は変革の足かせになりかねないのでは──。率直な疑問をぶつけると、藤江は即答した。

「中計は、やめます」

そして、こう続けた。

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従業員の開拓者精神を高めるために、成功事例を共有して右脳を刺激することと、ロジカルに伝えて左脳を刺激することの両方を心がけている。

「3年先にどうなるかわからないことを綿密に組み立てて、やれ計画だ、プランだと言うことには意味がないと私は思います。『中計病』という言葉がありますけど、的を射たりです。それよりも大事なのは、ありたい姿ですよね。だから中計はやめて、これからは『中期ASV経営』にします」

具体的には、30年時点のありたい姿を設定し、そこに至るための戦略やマイルストーンをロードマップとして整理する。積み上げ型の経営計画ではなく、アウトカム起点でのバックキャストによる経営にかじを切るというわけだ。さらに、売上高や利益率といった財務面でのKPI(重要業績評価指標)ではなく、人材や顧客などの無形資産、すなわち非財務のKPIを高める方針に切り替えるという。
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文=瀬戸久美子 写真=吉澤健太

この記事は 「Forbes JAPAN No.100 2022年12月号(2022/10/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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