例えば、社長や本部長が従業員と対話し、理解を得る。また、社内研修などを通じて、企業が目指す方向性と関連づけながら組織と個人の目標設定を行う。さらに、「私が語るASV」と題した従業員のインタビュー記事をコーポレートサイトで発信。取り組みを可視化し社内外の共感と共鳴を生み出す。特に秀逸な事例は「ASVアワード」で表彰し、変革の型や成功ノウハウを共有する。
これらの施策を講じたのち、エンゲージメントサーベイでASVの「自分ごと化」や成果創出の進捗を可視化し、課題を洗い出して翌年の経営計画に反映する。
「感情に訴える右脳的な取り組みと、データに基づく左脳的な取り組み。新しい価値をつくり出すには両方が不可欠です」
開拓者精神から生まれた成功事例として、藤江がよく従業員に話すのが「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」の開発ストーリーだ。ABFはパソコンのCPU(高性能半導体の一種)に使われている絶縁材で、いまでは世界のパソコンの層間絶縁材のほぼ100%のシェアを誇る。
執務室での一コマ。
以前は絶縁体としてインク材を重ねて塗っていたが、塗布不良や溶剤の揮発という問題があった。そんななか、味の素は1990年代にアミノ酸に関するノウハウを応用した絶縁性をもつエポキシ樹脂を、パソコン用半導体基板の絶縁材料に応用することに着眼。研究開発を経て、絶縁材料のフィルム化に成功した。99年に大手半導体メーカーに採用されて以来、いまや同社の稼ぎ頭のひとつになっている。
「味の素は食がメインの会社ですから、社内の片隅に置かれていた時期もありました。でも、なにくそと思ってチャレンジし続けてくれたおかげで、いまがあるわけです。味の素の社内には素晴らしい挑戦がたくさんあります。それらを目の当たりにすることで開拓者精神の熱を高めて、僕も私もと、挑戦にあふれる企業風土に進化させていきたい」
事業の目的はなにか
今回のランキングで、味の素が高スコアを獲得したもうひとつのカテゴリーが「地球」だ。同社は「2030年までに環境負荷50%削減」という目標を掲げ、25年までに18年比でフードロスを半分にする、30年までに温室効果ガスの排出量を50%削減しプラスチック廃棄物をゼロにするなどの具体的なロードマップを描いている。
環境負荷の軽減には手間とコストがかかり、企業の収益と二律背反しかねない。コストをかけて収益を犠牲にするトレードオフから、経済的価値も生み出すトレードオンへの道程をどう描くか。多くの企業が頭を悩ませている命題だ。
果たして、サステナビリティの収益化は可能なのか。単刀直入に藤江に聞くと、すぐさま「可能だと確信しています」という答えが返ってきた。
カフェテリアで「アジパンダ」と一緒に。
断言できるのには理由がある。
経営状況にあった。フィリピンでは元々、10g入りの「味の素」の小袋をワンコイン(1ペソ/約2円)で販売していた。だが、原材料費が高騰するに連れて内容量が減っていき、藤江が赴任した11年には1袋4.2gになっていた。
「袋を売っているのかと思うくらい、中身がスカスカだった」
これでは肝心のうま味調味料「味の素」を十分に提供することができない。現地の家庭を視察すると、他社の調味料と一緒に使うことが一般化していた。売り上げは下がり、会社は赤字転落の危機に陥っていた。
ここで、藤江は立ち止まった。そして考えた。そもそも、この会社は何のためにあるのか。