東京・品川区にあるビルの一室で、雪ヶ谷化学工業3代目社長の坂本昇はそう断言した。「これ」とは、小さな化粧用スポンジのことである。
雪ヶ谷化学工業は1952年創業の石油化学メーカーだ。スポンジをはじめとする特殊発泡体の開発・製造を手がけてきた。76年には耐油性に優れた合成ゴム素材の化粧用スポンジ「ユキロンスポンジ」を開発。当時、天然ゴム製のスポンジはアレルギーを引き起こす可能性が指摘されていたが、ユキロンはその心配がないうえにファンデーションの油分にも強く、一気に化粧用スポンジ市場の主役に躍り出た。世界シェアは7割にのぼり、取引先には資生堂をはじめ国内外の大手化粧品メーカーが名を連ねる。
そんなニッチ・トップ企業がいま、再び業界のスタンダードを変えようとしている。安心・安全な天然ゴムを配合した化粧用スポンジを開発するとともに、天然ゴムのフェアトレードを軸に新たなビジネスの規範を築き上げようとしているのだ。
事の発端は2019年に遡る。社長就任から6年目を迎えた坂本は、自社のスポンジが抱える課題と可能性に思いを巡らせていた。合成ゴムの生産過程では膨大な二酸化炭素(CO2)が発生する。CO2の排出量削減が求められるなか、化粧用スポンジをサステナブルな製品に変えることができれば社会課題の解決に貢献できるはずだ。
そこでひらめいたのが、天然ゴムを混ぜて合成ゴムの使用量を減らすというアイデアだった。同社は天然ゴムのアレルギー原因となるタンパク質を除去する技術を開発し、特許も取得している。その技術を駆使して生まれたのが、天然ゴムを配合したスポンジ「ユキロンRP」だ。
ユキロンRP|これまで高品質の合成ゴムが主流だった化粧用スポンジに、フェアトレードの天然ゴムを含有する製品を開発した。梱包には認証マークが入り、取り組みの認知に一役買う。天然成分が配合されたことで、肌触りなど品質が向上し取引先からの評価も高い。
製品はできた。だが、坂本にはまだ気がかりな点があった。天然ゴムの産地は東南アジアや南米、アフリカなどの途上国が中心で、600万軒を超える小規模農家が生産量の65%を担っているとされる。トレーサビリティが追いつかず、生産現場では児童労働や強制労働、不当取引を懸念する声もある。そんな状況下で天然ゴムの使用量を増やせば、劣悪な環境を助長することになりかねない。