「まさか本当にフランスが反対票を投じるとは......」
2017年12月、小口保冷配送サービスの標準化に向けて、ISO(国際標準化機構)のプロジェクト委員会(PC)設置の投票が行われた。結果は賛成26票、棄権15票、反対1票。ヤマト運輸(以下、ヤマト)CSO担当執行役員の梅津克彦は、盟友だったはずのフランスが反対に回ったのを見て身が引き締まる思いがしたという。
ISOは、国際規格の策定を専門委員会(TC:Technical Committee)などで検討する。ただ、小口保冷配送サービス規格の検討にふさわしい既存のTCがなく、日本は新規プロジェクト委員会(PC: Project Committee、一つの規格だけを話し合う委員会)の設置を提案。PCの設置が認められなければ、続く審議もない。設置の承認には、投票総数の3分の2の賛成票と、PCに技術専門家を派遣する意思表示が最低5か国から必要。小口保冷配送サービスの草分けである「クール宅急便」を日本に定着させ、国際標準化に向けて動いてきたヤマトにとって、この投票は最初の正念場だった。
自信はあった。ヨーロッパで強い影響力をもつフランスが早い段階で協調してくれていたからだ。
「ヨーロッパは食品安全について自分たちこそ先進的という自負があり、『なぜ遠い日本の会社に追随しなければいけないのか』というムードがありました。それに対して私たちはISOメンバー国の標準化機関や運輸省に話をしに行くなど草の根で活動しましたが、フランスが私たちに同調してヨーロッパ各国との調整をやってくれたことも非常に大きかった」
強力な援軍だったフランスが、なぜ1回目の投票で反対に回ったのか。梅津はこう解説する。
「フランスは食品安全について、日本の提案よりさらに高いレベルのものが必要だと主張していました。そうでなければ最終的にほかのヨーロッパ各国を説得できないというわけです。事前にフランスの考えは聞いていましたよ。それでも本番では賛成してくれると予想していましたが......」
反対票が判明した瞬間は驚愕した。賛成票は確保しているので、そのままフランスの意見を無視して次のステップに進むこともできた。しかし、ヨーロッパでいちばんの理解者との同意を得なければ、発行に至っても名ばかりの国際規格になりかねない。「反対は、彼らが国際標準化を真剣に考えてくれている証拠でもあります。フランスの意見は、次のドラフトにしっかり反映させました」
PC設置が決定後、計3回の国際会議が開かれた。
そこでの討議と投票を経て、2020年5月に国際規格「ISO 23412:2020」が正式に発行された。ヤマトが小口保冷配送サービスの国際標準化を目指したのは2015年。5年かけてようやく宿願が成就した。