そもそもなぜヤマトが小口保冷配送サービスの国際標準化に乗り出したのか。
話は2010年までさかのぼる。以前からヤマトは海外でもフォワーディングや引越し事業を中心に展開していたが、海外事業を強化するため「宅急便」(東南アジア、中国・上海)をスタート。2011年、「クール宅急便」をラインナップに加え、2013年、沖縄国際物流ハブを活用して、「国際クール宅急便」最短翌日配達を開始。青森の港で取れた魚が翌日には香港の回転寿司店に並ぶという国際小口保冷物流網を完成させた。
当時、梅津は国際クール宅急便の沖縄ハブ担当だった。小口保冷配送はほぼ日本独自のサービスであり、海外に市場はなかった。しかし、eコマースの伸びを考えれば必ず海外でもニーズが顕在化する。そう判断してのサービス開始だったが、予想外の苦戦をする。
「食品安全のアウェアネスが東南アジアや中国では希薄だったんです。意識の低さは現地の事業者も同じ。なかには小口保冷とうたいつつ、発泡スチロールに氷を入れただけの温度管理をしていないキャリアもあった。これはまったく受け入れられない。品質が担保されないと、市場が育たない。小口保冷配送サービスを社会インフラとして定着させるために、当時の経営トップが国際標準化の方針を打ち出しました」
海外戦略の一部を担当していた梅津は、国際標準化のかじ取りを任される。狙うは小口保冷配送サービスをISOで規格化すること。ただ、ISOは参加国の投票などで策定が決まるため、まず日本政府を巻き込んで提案を行い、さらに各国政府機関にも働きかける必要がある。民間企業がそれを主導するのはハードルが高い。
そこで同社が選んだのが、PAS(Publicly Available Specifications、公開仕様書)の策定だ。PASは民間企業の提案でも策定ができる。ヤマトは2015年、BSI(英国規格協会)に規格化を依頼。BSIは日英を中心に物流会社や荷主、有識者などステークホルダーを招いて規格を検討し、2017年2月、「PAS 1018:2017」を発行した。
PASで仕様が決まれば、これをISO規格の原案とすることで関係者に働きかけやすくなる。前述の通りPAS策定に動きだしてからISO発行まで5年を要したが、「PASを挟んでいなければもっと時間がかかっただろうし、そもそもISOで取り上げられなかった可能性もある」と梅津。いきなりゴールを狙うのではなく、細かく刻む戦略が功を奏したかたちだ。
とはいえ、PAS策定後も越えるべき壁は多かった。ISOで規格を提案するには、日本政府に働きかける必要がある。物流の監督官庁は国土交通省。一方、ISOの窓口は経済産業省で、保冷配送の主な荷物となる農水産品は農林水産省。典型的な縦割りだが、梅津は「各省庁に温度差はなかった」と語る。