MAKI:大学院は常に頭の中に描いていました。留学にあたって起業や独立を決意していましたが、具体的な計画まではありませんでした。ボストンを選んだのは、好きな場所であり、大学も多く集結している街だからですね。
ちなみに、進学直前はアディダス ジャパンにいて、リテール部門の財務・経営企画チームに所属していました。中道さんもクライアントとしてお仕事をされたことがあると聞きました。
中道:そうなんですか! ずいぶん前のことですが、どこかで関わっていたかもしれませんね。MAKIさんはその後、アフリカを追うようになるのですか。
MAKI:そうですね。アフリカの視点を獲得するために。
中道:大学院の研究内容が関係していたりするのでしょうか。
MAKI:特定のきっかけというより、様々な要素の組み合わせでした。まだ世間に知られていないことや、見過ごされている視点に興味がある一方で、アフリカをあまり知らなかったというのは大きいです。
大学院は、国連や日本の外務省、アメリカの国務省の職員が学んでいて、国際課題への関心が非常に高い環境でもありました。私自身、大学生の頃から国際協力や国際関係、途上国の経済発展などに関心があり、そういった要素からアフリカへの興味が自然に生まれていきました。
大きな転機もありました。大学院当時にMITのイベントに参加し、ナイジェリア人のエンジニアからビジネスの誘いを受けたんです。アフリカのファッションに関するeコマースを立ち上げようとしていて、マーケティング人材を探している、と。最終的に彼との協業には至りませんでしたが、その出会いからアフリカのファッションをはじめとするクリエイティブを切り口に、自分の視野が広がっていきました。
岩岩しい山の麓に広がるケープタウンの住宅街(写真=MAKI NAKATA)
中道:僕はアフリカ大陸を訪れたことはありませんが、ヨーロッパで出会った友達にアフリカ系の人が多かったりしました。アフリカを知っていく過程で、印象深い出来事はありましたか。
MAKI:難しい質問ですね。そもそもアフリカという括りで話しているものの、実は50カ国以上の国があり、大陸自体も非常に大きいので。ただ、一括りにはできないものの、私が出会った人々は、自分のルーツやアイデンティティに強い意識を持っていることが多かったと思います。
パンデミック以前はケニアのナイロビを訪れる機会が多く、新しいイノベーションが生まれていることを実感していました。ケニアの都会では日本やアメリカと同様にスマートフォンの保有率が高く、英語圏であることから世界中の情報をダイレクトに得て、発信もしています。テクノロジーにサポートされ、20世紀とは異なる新しいつながりやグローバルカルチャーが生まれている様子を目の当たりにしたのは印象深いです。
中道:現在はアフリカのみならず世界中を訪れていますが、目的地自体はどのように決めているんでしょうか。
MAKI:ケープタウンを出るきっかけは、「フランス語圏に行きたい」という思いでした。
歴史的な繋がりから、アフリカでのフランス語は、英語に次ぐほど重要な言語として見られています。私自身、学生時代にフランス語を勉強していたこともあり、よりフランス語に触れる機会を増やしていきたいという思いがありました。
ただ、滞在先を選ぶ理由は様々で、イベント開催がきっかけになることもあります。例えば、ケープタウンはデザインカンファレンスがあったから訪れた街でした。また、まだ訪れたことのない場所に行くというのも滞在先の選択基準になります。