実は、鈴木さんにインタビューをしたとき、スタジオジブリの応接室で鈴木さんの後ろのガラス棚の中に、黄金に光るものが置かれているのが目に入っていました。「これはもしや……」とは思いつつも、そんな大事なものが無造作に棚の中に入れられているはずがない、と思い直したのでした。
それでも気になったので、インタビューの終了後に思い切って尋ねてみると、なんと本物のアカデミー賞のトロフィーだったのです。しかも、「見ますか?」と棚から出し、テーブルの上に置かれました。
それだけではありませんでした。「せっかくだから、どうぞ触ってみて」とおっしゃるのです。米国アカデミー賞のトロフィーを手にできる機会など、そうそうあるものではありません。恐る恐る手に取ると、「写真も撮ったら?」と言葉を重ねるのです。
これだけでももう、鈴木さんの人柄がわかると思います。インタビュー中も終始、笑顔で気さくに答えをいただけたのでした。
スタートは週刊誌の記者
鈴木さんのキャリアのスタートは、徳間書店の「週刊アサヒ芸能」の記者でした。
「僕は学生時代、特にやりたいことがない典型的なモラトリアム人間でした。将来はどうしようかと、悩んだ挙げ句に浮かんだのが、文章に関わる仕事でした。それまでアルバイトなどで書いたことがあって、上手かどうかは別にしてそれなりに書けた。それで出版社を受けたら、通ってしまったんです」
記者時代は、芸能から政治、暴力団まで、あらゆるテーマの事件を記事にしたといいます。
「事件を淡々と書くんです。余計な感情をはさんでしまったら、事実と違ってしまいますからね。その仕事でリアルにモノをとらえるということの大切さ、面白さを学びました」
そして29歳のとき、同じ徳間書店のアニメ雑誌「アニメージュ」の創刊に携わります。先輩の名物編集長に呼び出され、創刊を手伝ってほしいと言われたのです。