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2022.10.07

楽天の企業価値を上げた養鶏場の「ナラティブ」 投資家は何を評価した?

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ナラティブのIR、第二回は実際の投資家対応でのナラティブの活かし方に移ろう。

前回、上場すると、同規模で同程度の成長率・収益率を持つ異業種企業と比較され評価が決まると書いた。またスタートアップの経営者にとって違和感を覚えるオールドカンパニーとの比較もあると説明した。

では、そういった画一的で横並びの比較による価値評価から抜け出すにはどうすればよいのか?

そのカギが「ナラティブ」である。

IPO時に、経営者はロードショー・マテリアルと呼ばれる、株を売るための会社紹介資料を作り上げる。ビジネスモデルの説明に加え、右肩上がりの売上高やKPI、潜在市場など、定量的な裏付けはもちろん重要だ。

既存市場の置き換えであれば、潜在市場の計算は容易。できるだけ多くの投資家に決断してもらうために、TAM(獲得可能な最大の市場規模)を示せと主幹事証券会社が求めるのは当然のこと。

しかし私の知る限り、大きな資産を運用している投資家は、そのような誰でもできるアプローチだけでは判断しない。個人的な見解で例外もあるが、金額感を挙げると100兆円以上の資産を運用する金融機関で、高い実績を持つファンドマネージャーたちの多くは、もっと本質的な価値を重視して投資判断を行っている。心ある(お金もある)投資家たちだ。

彼らがみる本質的な価値の核は何か。

それは社会に与える価値である。企業によってはパーパスだったり、ミッションや企業理念だったりするが、要は社会的な価値と経済的な価値が両立する、CSV(共通価値の創造)的なことだ。

なぜ養鶏場にファンができたのか


私がIR責任者を務めていた楽天の初期を例にとろう。楽天は2000年のIPO時に数千億円の時価総額が付いたユニコーン企業だった。

当時では破格の、月額5万円の定額サービスを事業者に提供したのが楽天だったが、投資家が評価したのは、それによって通販市場がECに置き換わることではなかった。インターネットの黎明期、楽天市場に出店した事業者たちが新たな販路を得て発展し、豊かになる未来が見えたからである。

25年前の創業間もない頃、長野のある養鶏場が生卵のネット販売をしたいと楽天に申し出た。食品のECがほぼゼロだった時代で、それは常識外。しかもスーパーより何倍も高い。

一度は三木谷社長に断られたが熱意を認められ出店し、ヒナから育てた日記や餌へのこだわりなどを公開。すると全国でファンが増え、楽天市場では一カ月以上も待つヒット商品となり、養鶏場の経営は大きく改善した。
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文=市川祐子 編集=露原直人

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