プーチンは「帰還限界点」に達したのか 破壊工作は捨て身の戦略

デンマーク沖の海面、ガスパイプライン「ノルドストリーム2」爆発の様子(Getty Images)

1986年4月28日、旧ソ連のウクライナにあったチェルノブイリ原子力発電所で事故が発生した2日後、スウェーデンの科学者たちは、この原発から放出された放射性物質を検出した。これに関する問い合わせに、当初は曖昧な回答で対応した旧ソ連は、結局は世界に対し、チェルノブイリ原発で起きたことを認めた。

そして2022年9月27日、歴史は繰り返された。バルト海のデンマーク領にあるボーンホルム島付近の地震計は、ロシアと欧州を結んでいる天然ガスの海底パイプライン、ノルドストリームで起きた2回の爆発を記録した。

ロシアは初め、これを単なるガス漏れと見ているようなコメントを発表した。だが、事実はその発言の信頼性を否定している。ウラジーミル・プーチンが、旧ソ連のミハイル・ゴルバチョフのように真実を明らかにすることはないだろう。

ロシアが自国のエネルギー資源や通過国としての地理的な位置を武器として使うため、エネルギーインフラが受けたダメ―ジについて見え透いたうそをつくのは、(筆者の見方では)これが初めてではない。

ただ、今回のノルドストリームへの攻撃ほど、恐ろしいものはないだろう。この破壊工作は、ロシアが「帰還限界点」、もう後戻りできないところまで進んでしまったことを示唆している。

これらの攻撃がもたらす経済的損失は、欧州を2009年の世界金融危機のときのように深刻な不況に陥れる可能性がある。仮にウクライナで続いている戦闘が一瞬のうちに停止したとしても、ノルドストリームを経由したガスの供給が、交渉によって再開される見込みはない。

ロシアがなぜわざわざ破壊工作をして、それ否定をするという行動に出るのか、疑問に思う人もいるかもしれない。その答えは、欧米の金融機関の強さ、ロシアのレバレッジやソフトパワーの不足、そしてロシアに課されている経済制裁の計り知れない影響にある。

そしてまた、プーチンがこうした戦略に力を注ぐ大きな理由の一つには、国内における自身の立場のもろさにもある。

ガス供給の再開を不可能にし、西側諸国との和解をより困難にすれば、いまのところ(転落死したロシアの石油大手ルクオイルのラヴィル・マガノフ会長のように)窓から落とされてはいないものの、プーチン支持に迷いが生まれているだろうオリガルヒ(新興財閥)たちも、プーチンが指導者の立場を維持することを黙認せざるを得なくなる。
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編集=木内涼子

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