インタビューを終えて──最初の波紋をつくり出すのがアーティスト
「脳にも栄養が必要なのか……」
私は施術を受けてそう感じていた。東京の高級住宅街にある、隠れ家。そこにいたひとりの男性はこう語った。
「お客様がドアを開けたときから施術は始まっています。声のトーン、今日はいつもより明るいな、暗いな。365日変わるコンディションに合わせて施術を変えます」と。
つまり、フルカスタマイズのヘッドスパ。私もこれまで何度かヘッドスパを受けてきたが、山崎達也──彼の施術はどこか違う。両耳でささやく、シャンプーの泡の音。髪の毛一本一本に優しくタッチする指遣い。それでいて凝り固まった筋肉にしっかりアプローチする確かな技術。丁寧に細部まで設計されていて、なんというか、物語性のようなものを感じるのだ。いったい何がそう感じさせているのか?
彼は柔らかい笑顔を浮かべて、こう言った。「僕はヘッドスパを文化にしたいんです。世界中に広がるような。ヘッドスパを当たり前のものにしたい」。彼が目指すのは単なるビジネスのスケールではないようだった。
確かに世界を見渡すと、世の中には最初の波紋を生み出す人がいる。水面に落とされた水滴。その水滴は波紋をつくり出し、波のうねりをつくり出す。古くはブッダ。ビジネスの世界ではマクドナルドのレシピをつくったマクドナルド兄弟。あるいは、千利休もそうだろう。最初の波紋をつくり出す人物の成果は、単に経済的な成功ではない。「100年残る文化」を生み出すことだ。ブッダは仏教。マクドナルド兄弟はファストフード。千利休はわび茶。死後も残り続けている。
私は彼の取材を終えてこう思った。
そうか、アーティストとは「文化」を生み出そうとする人なのかもしれない、と。便利だが文化性のないものはいずれ時間と共に朽ちる。経済合理性だけを追う日々の行き着く先は、常に「無」である。死だけが唯一絶対だからだ。
しかし、文化はかたちを変えて生き残り続ける。時代に合わせて生物のように波紋を広げていく。正直な話、「今後、ヘッドスパが文化になるのか?」と聞かれたら、私にはわからない。だが、その最初の波紋をつくり出そうとしている人物がここにいるのは事実だろう。
その意味でやはり、彼は「アーティスト」と呼ぶのに近しい存在だろう。「ヘッドスパアーティスト」。それは最初の一滴を水面に落とし、水の波紋をつくり出そうとする仕事。私は新しい職業を目にしていた。
山崎達也◎1983年、兵庫県生まれ。ヘッドスパの可能性に魅せられ、ヘアスタイリストからヘッドスパアーティストへ転身。2014年、兵庫県芦屋市にエグゼクティブ・ヘッドスパサロン「BOLANGE(ボランジェ)」をオープン。21年7月に東京サロンをオープン、22年6月より活動拠点を東京に移す。結果を約束する確かな技術で、サロンワークを中心に文化人、経営者、俳優、女性タレント、美容家らから支持を受ける。サロンワーク外でも大手メーカーの技術・商品監修や国内外(ニューヨーク、ミャンマーなど)での技術指導講習などへ積極的に携わる。
北野唯我◎1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『内定者への手紙』ほか。近著は『戦国ベンチャーズ』。