その組織の一つが、大企業の技術やリソースを生かし、デジタルを掛け合わせることで新規事業を創造することを任務としている、BCG Digital Ventures(以下、BCGDV)だ。
BCGDVのエクスペリエンスデザイナー・村山ゆりは、自分の理想を追い掛け、キャリアをチェンジしてきた。あたかも自分の人生を“デザイン”するかのように──。
村山は学生時代、学園祭の実行委員を務め、ウェブサイトや宣伝物をデザインしたことをきっかけにデザインに興味を持ち、ウェブデザインの勉強をするようになった。その経験を生かそうと、新卒で入社したのが大手IT企業だ。
「特定の業界ではなく、スキルを持っていろいろな業界を経験して知識を吸収したいという思いがあり、まずはデザイナーをやってみようと思いました。ウェブデザインは、文系出身でも挑戦できる領域。中でもこの大手IT企業は育成がしっかりしていて、私のような専門知識がない新卒入社でもデザイナーとしての基礎を学べる環境だったので、入社を決めました」
多くの変数がある中でも通用するスキルを身に付けたくて
村山は、オークションサイトのウェブデザインや新規サービスの立ち上げなどに携わった。大きな組織だったからだろうか。4年半ほど経つと、純粋に手を動かしてものづくりをする時間が少なくなってきた。
村山は、デザイナーとしての表現力やスキルを磨くことにもっと多くの時間を割きたいと考え、転職を決意する。裁量権を与えられ、自分自身で判断しなければならない環境に身を置きたいという思いもあった。そこで選んだ会社は、スタートアップだった。
その会社は社員が5人だけで、デザイナーは村山1人だった。裁量権が与えられ、自分で決断しなければならない場面は増えた。やりがいもある環境だったが、デザインについて相談できる人がいないため、次第にさらなる成長が難しいと感じるようになった。村山は、再び転職を決意する。
「他のデザイナーと一緒に仕事をすることで学べる部分がまだまだあると思ったのです。それにずっと自社サービスのデザインをしてきたので、クライアントワークをやってみたいとも感じていました。より多くの変数がある中でもデザイナーとして通用するスキルを身に付けたい。そう思い、コンサルティング業界に興味を持つようになりました」
そこで選んだのがBCGDVだった。
大企業の経営戦略に関わる仕事ができることと、プロフェッショナルが集まっている環境で働けることに魅力を感じ、村山は2021年4月、BCGDVにエクスペリエンスデザイナーとして参画した。
「私が新卒で就職した当時は、UX(ユーザーエクスペリエンス)デザインという言葉が今ほど一般的でなく、デザインといってイメージされるのはビジュアルデザインなどの意匠に近いような意味合いがまだまだ大きかったのですが、それがやがて行動の設計やマーケティング的な意味合いも含まれる広義なものに変わってきました。見た目だけでなく、機能性やユーザーの使いやすさを追求してきたそれまでの経験を生かし、最先端のスキルを身に付けられると思ったこともBCGDVを選んだ理由です」
エクスペリエンスデザイナーの仕事内容は、顧客体験の全てをデザインすること。消費者やその道の専門家など、さまざまな人にインタビューをし、そこから得られたインサイトや知見をもとに仮説検証をしながらアイデアを練り、形にしていくことが求められる。
「例えばアプリをつくる場合、アプリそのものの画面遷移やビジュアルデザインにとどまらず、生活の中のどういうタイミングでどこにユーザーとのタッチポイントを置けば、ユーザーがサービスの価値を最大限享受できるのか、といったような一連の体験フローをデザインします」
さまざまなプロフェッショナルが関わり、チーム全員でビジネスをデザインする
プロジェクトには、プロダクトマネージャーやエンジニアなどさまざまなプロフェッショナルが関わる。エクスペリエンスデザイナーだけがユーザー体験をデザインするのではなく、それぞれが知見を持ち寄りプロジェクトを進めていくのだ。
「ベンチャーアーキテクトは数字的な利益や事業性だけ、エンジニアも開発やメンテナンス性だけを考えればいいというチームではなく、ユーザーインタビューに一緒に参加することもあります。カスタマージャーニーも一緒に設計しますし、チーム全員でデザインを考えています」
逆に言うと、村山もデザインだけを考えればいいのではなく、物事を俯瞰した幅広い視点が求められる。
「事業としての将来性があるか、市場性や業界のトレンドがどうなっているかなど、プロダクト開発を取り巻くあらゆるトピックに対して、デザイナーのフィルターを通してどう考えるか、意見が求められることもあります」
デザインするのはユーザー体験だけでない。その対象は、サービスを提供する組織にまで及ぶ。
「クライアント企業が、組織に課題を感じていらっしゃることもあります。その場合、サービスのデザインだけではなく、それをより効率的に運用でき、顧客の声をスムーズに取り入れられるような組織デザインやデザイン経営といった知見も必要になってきます」
村山は今の仕事にやりがいを感じつつも、クライアントワークに難しさも感じている。
「プロジェクトの中で、私たちが一つのサービスに関わる体験だけでなく、その会社の長期的なブランディングも考慮してデザインしていることをうまくクライアントに伝えられず、あまり頼りにしていただけなかったということがありました」
村山はどうしたらクライアントから頼られる存在になれるか悩んだ。その結果考えたのは、ユーザーインタビューからのフィードバックとデザインに込めた思いをしっかり伝えることだった。フォントや色味一つをとっても、それがユーザーに与える印象でサービスの性格がつくられていき、やがてそれが企業のイメージにもつながっていくこと、一つひとつの要素にユーザーの生の声の裏付けがあることを丁寧に説明し、それらの選択が感覚的なものではないことを理解してもらうことで、クライアントから信頼を得られることが分かったのだった。
リデザインすることで日本のシステムをアップデートしたい
壁にぶつかった時、頼りになるのは周りの先輩たちだった。
「私の場合、“キャリアアドバイザー”として、エクスペリエンスデザイナー職種の責任者であるパートナー&ディレクターが付いて、私が目指すキャリアに向かって取り組むべき課題を一緒に考え、舵取りをしてくれています。毎週のようにコミュニケーションを取り、悩みを聞いてもらえるのでありがたいです」
また、メンターとして技術的課題を解決するためのサポートをしてくれる存在もいる。「こういう勉強をしたらいい」など具体的なアドバイスをしてくれるのだ。
「プロジェクトを進めるに当たって、メンターが、デザインレビューの進め方やデザインのこの部分がどうしたらもっと良くなるかなどをデザイナー視点でフィードバックし、サポートしてくれます。プロジェクトにはエクスペリエンスデザイナー1人でアサインされることが多いので、誰にも共有できない悩みもあります。それを聞いてもらえるので、すごく心強いです」
技術面だけでなく、仕事に対する姿勢も先輩たちが助言してくれる。
「経験のない新しいことに取り組む際には、戸惑いもあります。例えば技術起点で新しいサービスを考えたり、ベンチマークとなるサービスがない中でデザインを進めていく場合でも、クライアントの前ではプロとして立ち振る舞わなければならない場面もあります。そうした自分の見せ方やコミュニケーションの仕方について、先輩方がアドバイスしてくれました」
周りのサポートを受け、着実にエクスペリエンスデザイナーとしての経験を積み上げる村山。さまざまなプロジェクトを任されるようになった彼女が目指すのは、デザインの価値向上だ。
「社会全体にデザインの必要性を分かってもらうことが、自分の大きな目標です。コンサル会社としていろいろな業界に関われるからこそ、その機会があると思っています。徹底的にユーザー視点に立ち、みんなでデザインしていくマインドを取り入れることによって、企業の価値は上がると信じています。そのきっかけをつくる存在になりたいです」
村山には、大きな野心がある。デジタルで社会を変えることだ。
「日本という国を、デジタルでアップデートしたいという思いがあります。海外の先進国と比べて日本は、昔ながらのやり方を踏襲することが良しとされており、時代に合わせて変化していくことに保守的な部分があると思っています。事業者側が提供するシステムが全てであり、そこにユーザーの意見があまり取り入れられていないと感じることも多いです。最終的にはそれらをデザインの力でアップデートし、新たな価値を生み出したいです」
多様なプロフェッショナルが集まるBCGDVでは、その実現が不可能ではない。