「旧」という言葉に善悪の価値は与えていなかったつもりでも、「旧」ということばのイメージだけで傷つく人が少なくないという現実に直面することになります。そこで今日は、旧型の意義をあらためて考え直してみます。
ラグジュアリーの歴史を概観すると、時代の節目ごとに「旧型」が「新型」に取って代わられてきた歴史が見えてきます。とはいえ、「旧型」は消滅することはなく、常に地層の下の部分に残り、新たなラグジュアリーにもその影響を浸潤させながら、「新しい」ラグジュアリーとも併存する形で生き残ってきています。
「英国紳士ブランド」誕生の背景
ここでは例をイギリスの歴史から拾って考えてみます。
王侯貴族が権威や富の誇示のためにラグジュアリーを利用し、中産階級以下には奢侈禁止令を発布してまで自分たちの特権を守っていた中世・近世のあり方を「元祖・旧型」とするならば、産業革命期にそれに異を唱える「新型」が登場します。
当時における新型は、元祖・旧型のきらびやかでわかりやすい豪奢を「時代遅れ」として否定し、控えめな趣味の良さや物の扱い方を含む教養、マナーをセットにした新型ラグジュアリーの文化を創り上げ、イギリス経済を回していきます。抑制とマニアックな趣味性を是とするこのような文化が「ダンディズム」と呼ばれるもので、この時期に生まれた数々の「英国紳士ブランド」は、今なお英国紳士の文化遺産なるものを背景に存在感を発揮し続けています。
提唱者は当時の階級制度の序列においては下位貴族のような地位にいたジョージ・ブライアン・ブランメルという人で、社会的地位においても金融資産においても、「元祖・旧型」が支配する世界の価値観のなかで影響力をふるうことは不可能でした。ところが、彼が新型ラグジュアリーとしてのダンディズムのロジックとコンテクストを作り、そのロジックの体現者となることで、「王室御用達よりもブランメル様御用達」に人を走らせるほどの影響力を持つに至ったのです。
ジョージ・ブライアン・ブランメル(1778-1840)
この新型の価値観は当時、経済力をつけていた新興の資本家にとっても都合の良いものであり、「紳士にふさわしい装いと持ち物とマナー」がセットになったラグジュアリーが植民地の発展とともに世界中で普及していくことになります。
ここで問題にしたいのは、「新型」が「旧型」を否定する形で世界を席巻したとしても、旧型は滅びることはなく、むしろ新型の発展と手を携える形で存続していった、という点です。