しかも、インフレに直面する各国にとって自国の通貨安は追い風。輸入物価の抑制につながるからだ。いきおい、協調介入への賛同はなお得難い。
日本の貿易収支赤字も円安の一因。海外からの輸入が増えれば、モノの購入のために円を売って外貨に換える動きが活発化するためだ。米国の利上げに伴う同国景気腰折れのリスクはあるが、目先は「1998年に付けた1ドル=147円をメドに、ドル高円安が徐々に進行する」(為替アナリスト)との予想が大勢を占める。
インバウンド関連銘柄が好調
国内企業の生産の海外移転が進んだことで、円安のメリットもかつてに比べると薄らいできた。日本の株式市場には、円安が原材料などの輸入価格を一段と押し上げ、企業収益をさらに圧迫することへの警戒感が台頭している。「円安イコール株高」の図式が崩れつつある感は否めない。
ただ、円安歓迎の値動きが完全に消えたわけではない。その筆頭がインバウンド(訪日外国人)関連銘柄。円安進行が海外からの入国者増を後押しするとの見立てだ。特に上昇が目立つのは百貨店株。三越伊勢丹ホールディングス、J.フロント リテイリング、高島屋、エイチ・ツー・オー リテイリングなどが大幅に値を上げた。
百貨店自体も国内の行動制限緩和でにぎわいを取り戻しつつある。8月の各社の既存店売上高は軒並みプラス。ラグジュアリーブランドや宝飾など高額品の売れ行きが好調に推移。三越伊勢丹5店舗の同月の既存店売上高は前年同月比46.5%増と大幅な伸びを記録した。
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個人投資家向けのネットメディアであるストックボイスの岩本秀雄副社長は「インフレに備えて早めに買っておこうという意識が富裕層中心に出てきているのではないか」と推測する。
これに海外からの来店客が上乗せされれば、収益回復にも一段とはずみがつきそう。こうした「連想に基づく買い」が株価の上方への水準訂正を促す。円安だけでなく、政府が入国者数上限撤廃などの検討に入ったのも支援材料。三越伊勢丹ホールディングスの株価は9月に入って1251円まで買い進まれ、2019年1月以来の高値を付けた。
株式市場での物色の矛先は他のインバウンド銘柄にも向かう。東京・歌舞伎町に大型店を構える中古品リユース大手のコメ兵ホールディングスや、「ルタオ」ブランドなどで知られる菓子大手の寿スピリッツなども動意づいている。
前出の岡三証券の武部氏は、最近の政府閣僚の発言の裏を読む。鈴木財務相は7日、報道陣から円安進行について問われ、「これが継続すれば必要な対応をとる」と強調。松野官房長官も同日の会見で、「急速で一方的な動きが継続する場合には必要な対応をとりたい」と答えた。武部氏は「『継続しないかぎり、必要な対応はとらない』とも受け取れる」と話す。
そのうえで、武部氏は「カネをかけずにインバウンドで国内景気を回復させたいとの思惑が政府にあるとすれば、緩やかな円安を定着させたいのが本音ではないか」と指摘する。「うわさ(思惑)で買い、事実で売る」は株式相場の格言の1つ。政府の「本音」を見透かすかのように、株式市場でインバウンド関連株買いが進む。