まさに、さながら「ロシアン・ルーレット」なこのエレベーターボタンの謎について、筑波大学名誉教授でロシアに詳しく、テレビでもおなじみの中村逸郎氏に以下説明していただいた。
ロシアでは「数字は記号にすぎない」
「ロシアのエレベーターのボタンが順不同である」ことの理由はまさに、ロシアには秩序が、数字においてさえも存在しない、数字は記号にすぎない、という状況に尽きると私は思います。
私たち日本人は、ふつう「1、2、3、4、5……」と数を数えますし、数字は小さい順から並ぶ、という常識を小学校から叩きこまれていますよね。
そもそも、小学校の時から「交通ルールを守る」とか、「まわりの人に迷惑をかけない」といった秩序のなか、基本的には「全体における個」としての自分の居場所を確保し、調整し、ルールを守って行動することを教えられて育っています。
秩序の大切さ
そこがロシアとの大きな違いです。
ロシアのビルディングでエレベーターに乗るとします。同乗している人びとはふつう「自分の降りるべき階」を、乗った瞬間からわかっている。であれば、階数の数字は「1から始まっている」必要も、「規則正しく並んでいる」必要もない。自分の降りるべき階のボタンさえ、そこにはあればいいのです。
──たとえばロシアからの留学生が日本に来るとまず、車内アナウンスにびっくりします。
「整列乗車をお願いします」「ほかの乗客に迷惑をかけないでください」といった注意事項が流れる公共交通期間の車内の状況は、彼らにとっては驚きでしかない。「なぜ、隣の人への迷惑のことまで考える必要があるのか?」とうろたえさえするのです。
エレベーターにおいても、同乗した周囲の人々のことは関係ない。ほかの人の降りる階にそもそも興味がないし、彼らの降りる階と自分の降りる階との「関係」についてもまったく興味はないのです。
だから、自分が5階で降りるのを知っていさえすれば、「5」だけを見ればよい、ほかの数字は自分には関係ない。彼にとっての5階は、「10個(たとえば10階建ての建物の場合)の数字という全体」の中の「5」ではないからです。
ロシアの多くのビルディングで、エレベーターのボタンの配置はランダム
作る側も、もともと「順序よく並べよう」という動機がないわけですよね。