毒にも薬にもなるもの|中塚翠涛×小山薫堂スペシャル対談(後編)

東京blank物語 vol.25

放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」に、書家の中塚翠涛さんが訪れました。スペシャル対談第4回(後編)。

前編はこちら。


小山薫堂(以下、小山):中塚さんが、いちばん好きなひらがなは何ですか。

中塚翠涛(以下、中塚):「あ」。ありがとうの「あ」ですし、五十音の始まりでもある。この丸みも好きです。薫堂さんは?

小山:意外と「ん」が好き。「薫堂」にも入っているし。「う」もいいですよね。

中塚:「う」は、縦長に書くだけで、文章に抑揚がつき、流れが出ます。「し」も、小さいよりは滑らかにスーッと長く書くと、大人っぽい印象になる。すべての文字を一文字ずつきれいに書くのも大事ですが、大小の付け方のコツを覚えると、文章にリズムが出てまとまりやすくなります。

小山:なるほど。「書」って不思議だなと思うのは、すごく上手だけどときめかない字もあれば、上手ではないけれど雰囲気があって好きな字もある。書だけでなくアート全般に言えることなのかもしれないけれど、この差は何だと思いますか。

中塚:......欲があるかないか、なのかな。上手に書けることはひとつの目標ではありますが、その方の筆圧や筆の息遣いというのは、心の裡を率直に反映してしまうものかなと思います。欲をかかずに生きること、心を清らかにずっと平静でいることは難しいけれど、なるべくそうありたいです。

小山:欲というのは、芸術家にとって毒にもなるし薬にもなるものですか。

中塚:欲望があるからこそ生まれるものもきっとあるだろうし、毒と薬の二面性を理解しておくことが重要かもしれません。

小山:表面的な目先の欲がいちばん企みっぽく見えそうですね。気をつけよう(笑)。

中塚:それでいうと、「企画」という言葉はまさしく「企」という漢字を使いますよね。

小山:そうなんです。それでいつも企画と芸術の違いが気になって。どうすれば芸術として受け入れてもらえるのか、と......。

中塚:でも、企画として世に発表されているからこそ、人が足を運びやすいのも事実ですよね。企みのまるでないものは、野に咲く一輪の花のように健気で美しいかもしれないけれど、広く知られることは難しい。作品にコンセプトをもたせることは大切ですし、メッセージを込めることでアートは人の心に残るのだと思います。そういう意味でも、企画として芸術を届けることも大切なのではないでしょうか。
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写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.097 2022年9月号(2022/7/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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