とすれば、短期金利は上昇しても長期の先行きを織り込む10年債利回りにはその見方が反映されるはずだろう。ましてや米国景気は減速の兆候が散見されている。足元の長期金利上昇は、インフレでもFRBの利上げ姿勢でもない、別の要素があると思われる。それは欧州金利上昇の余波だろう。
まさに本日開催されるECB理事会では大幅利上げが見込まれている。それもあって欧州の金利は上昇ピッチを速めてきたが、それが米国債にも波及していると考えらえる。
グラフ6 イタリア10年債利回りと米国10年債利回り
そもそもECBが大幅利上げに踏み切るのは、インフレ抑制の目途がつかないためだ。米国のCPIは原油価格の下落に連動したガソリン価格の低下によってピークアウトの兆しが見られるが、欧州の消費者物価指数はその兆しが見えない。背景には深刻なエネルギー危機がある。
欧州では500年に一度と言われる大干ばつによる熱波と水不足に悩まされている。ドイツやオランダでは日照りによる水位低下のため川による石炭輸送が停滞し、火力発電の稼働率低下が懸念されている。フランスでは原発が半分しか稼働できない。周辺の河川で水温の上昇と水位低下が起こり、原子炉冷却への水の使用制限を迫られているからだ。
そうした中、ロシアがドイツ経由で欧州に天然ガスを送る海底パイプライン「ノルドストリーム」を停止した。ロシアは設備点検を理由に9月2日までの予定で供給を止めたが、停止期間を延長していた。ところがロシアのペスコフ大統領報道官は5日、欧米の経済制裁が解除されるまで、供給停止を継続する可能性を示したのだ。この発言が伝わると欧州の天然ガス先物は一段と急騰した。天然ガス価格の高騰はエネルギー価格の上昇を通じて欧州のインフレ率を高止まりさせる。こうしたことが背景のインフレではいくらECBが利上げをしたところで抑制できないだろう。インフレとエネルギー不足によって欧州経済は苦境が予想される。今後、冬の需要期に入ってロシアからの天然ガス供給がさらに絞られることになれば、計画停電の実施が避けられず、そうなれば工場の稼働は制限され生産が落ち込み、さらに景気が悪化するという事態になる。深刻なスタグフレーションに陥る蓋然性が高い。
こうしたことから足元ですでに起きている「欧州売り」は今後も加速していくだろう。欧州各国の国債には売り圧力がかかり、利回り上昇は米国債にも波及する。通貨ユーロもパリティ割れまで売られ、「ドル1強」が加速する。一見これまでと同じ、「米国金利上昇による円安」と見えて、実は欧州のエネルギー危機が足元の円安加速の要因ではないかと思われる。
足元の円安がこれまでのトレンドを放れたタイミングは、まさに「ノルドストリーム」停止長期化の可能性が示された時と一致している。この材料に米国のレイバーデー明けで市場に戻った投資家が飛びついたのが、円安加速の背景ではないか。