生活者の声に耳を傾ける―。そんな当たり前のようで難しい「現場主義」の精神が、花王の研究と製品づくりには脈々と受け継がれている。人々の生活は時代や社会環境によって常に変化する。世の中を徹底的に観察する習慣や生活者目線、そして時代ごとに課題を見極めるための研究成果の蓄積が、花王の企業文化を支える礎になっている。100年の歴史をもつヘアケア商品の変遷過程、そしてつめかえパウチなど包装技術開発の歴史からは、その現場主義の一端を垣間見ることができる。
花王は1920年代からヘアケアにかかわる研究を開始し、32年には固形シャンプーを発売。以降、粉末シャンプー、液体シャンプー、ヘアリンスなどを相次いで開発し、1970年には当時の生活者の悩みだったフケに対応すべく、抗フケシャンプーなどを世に送り出している。
また花王は1960年代から約60年間にわたり世界中の人々の毛髪実態研究を続けており、世界18カ国、延べ22万人もの調査を行ってきた。この研究は自社製品開発のみならず、ヘアケア領域全体の研究の底上げを実現し、ヘアケアカルチャーを大きく前進させる礎にもなった。花王ヘアケア研究所の主席研究員・長瀬忍は言う。
「毛髪実態研究では毛髪や頭皮のデータはもちろん、お客様の生活習慣や悩みを隅々まで調査しました。時にお客様のお宅に訪問して、髪の洗い方にも直接目を向けることも。髪や生活に関するデータをもとに研究を進める過程で、抗フケシャンプーだけでなく、ダメージに特化したシャンプー、加齢の悩みに応えたエイジングケア商品、カラーリングに適したヘアケア商品などが生まれることになりました」(長瀬)
花王は日本のみならず、欧米やアジア地域の生活者にも目を向けてきた。例えば、89年に資本提携を開始した独・GOLDWELL社(94年に花王が同社の株を100%取得)とは、現地の研究室や美容室でテストを繰り返してきたという。こうした徹底した現場主義によって、例えば各々の生活者の髪の洗い方そのものが違う事実など、さまざまな知見が蓄積された結果として、美髪を保つ洗浄技術や、頭皮の最適なケアを実現する成分開発へとつながっていく。
「研究のなかで、白髪など加齢による毛髪の悩みは老いを実感させますが、白髪を染めたり、毎日洗髪する習慣がある高齢者は、精神的に元気な傾向にあることもわかってきています。今後、ヘアケア研究を通じて高齢化社会における健康寿命という社会課題の解決に貢献することをひとつの目標としていきたいです」(長瀬)
生活実態に寄り添い仕組み化していく「現場主義」
ヘアケア商品の研究・開発を進める一方で、生活者の声に常に耳を傾け、花王はつめかえパウチの改良も進めてきた。なかでもヘアコンディショナーは液体の粘度が高く、パウチからの出しづらさや液残りといった課題が多く寄せられた。排出されるプラスチック量の削減だけでなく、注ぎ口の加工・形状技術と使いやすさといったパッケージの質の向上にも注力してきたのだ。現在、国内ではつめかえパウチは洗剤・ヘアケア商品の本体ボトルよりも4倍の売り上げ数量があるという。「つめかえ文化が世界的に普及していけば、環境課題へのインパクトも非常に大きい」と、花王包装技術研究所4室のグループリーダー・松本州平は言う。
「『もったいない精神』が根付いた日本は、世界で数少ないつめかえ文化が定着した国。そんな日本で磨かれたつめかえパウチの使いやすさは、欧米など各国でも広く受け入れられると考えています」
日本と海外では文化のみならず、生活様式や住居のあり方などいくつもの条件が異なるため、つめかえパウチの普及にも多くの壁が残されている。とりわけ避けられない課題がリサイクルだ。包装技術研究所でリサイクリエーションプロジェクトのリーダーを務める瀬戸啓二が続ける。
「花王では、自社の和歌山研究所内に、つめかえパウチなどのリサイクル用実験プラントを設置して研究を進めています。すでに製品化も視野に入れています」
通常は専門業社に委託する包装リサイクルも、実験プラントを自社で設置し、現場で徹底的に研究する。その姿勢からは、社会を前進させるという強い覚悟と意志が浮き彫りになる。彼らは、この現場主義こそがサステナビリティに直結すると確信している。
例えばシャンプーやリンスについては、商品の製造から利用に至るまでの過程で最もCO2を排出するのが、髪の毛をすすぐ際の湯の利用だと、長瀬は言う。花王では少ない湯量で髪をすすげるようにするため、商品の成分改良や洗髪方法の啓発活動にも長年力を入れてきた。
「内容物の品質保持がつめかえパウチの最重要課題ですが、並行してリサイクルに向けた取り組みが当たり前になるように働きかけ、より効果的な環境負荷低減を実現したい。そして日本で培ったリサイクルのノウハウをパッケージ化し、商品とともに輸出することができれば、海外でつめかえパウチや関連文化を普及させるカギになるかもしれません」(瀬戸)
「SDGsには、誰も取り残さない、生活水準を維持するなどさまざまな項目が含まれます。サステナブルな社会は、無理なく持続できることが大事。ユニバーサルデザインを追求しながら、海外の生活者を含む、誰もが使いやすいつめかえ容器をどんどん生み出していきたいですね」(松本)
「我々にとってお客様の生活を見ることは原点。そこにアイデアの種がある。人々の生活は常に変わるものですし、同じデータでも時代によって新たな発見や学びが見えてきます。現場の感覚はいつまでも大切にしていきたいです」(長瀬)
生活者のリアルを知る花王だからこそ実現できる、サステナブルな社会づくりを今後も注視していきたい。
Kao’s Co-Creation〜使ったら捨てる常識をくつがえす仕組みを、社会インフラとして確立するために
花王ではリサイクルとクリエーションをかけ合わせた、「リサイクリエーション」という概念を提唱している。参加・共創型のリサイクルシステムの構築を目指し、つめかえパックなどの効果的な回収システムの検討、リサイクル技術の開発、啓発活動を実現するための実証実験やプロジェクトを推進してきた。
北見市、女川町、石巻市、鎌倉市、上勝町など各地域および住民と連携したプロジェクトでは、使用済みのつめかえパックを裁断・洗浄してペレット(粒状の形をした合成樹脂)化した後、組み立て・再利用が容易なブロック等に再生。資源循環を実感できるコミュニケーションを心がけている。
また、花王は同業他社であるライオン、異業種であるイトーヨーカ堂、ウエルシア薬局、ハマキョウレックスなど、趣旨に賛同する外部企業との連携も強化してきた。イトーヨーカドー曳舟店に設置した回収拠点では、2021年の1年間で200kg以上のつめかえパックが集まったという。またウエルシア薬局との連携では、東京・埼玉約30拠点で回収を実施。店舗の規模によって回収の方法が異なるが、各々の課題と効率的な収集方法について各担当者と膝を突き合わせて意見を交わす。
「リサイクリエーションは一社では実現できません。法整備やリサイクル流通網などを含む仕組み全体を社会のインフラとして確立させていくためには、地域住民の皆さんはもちろん、自治体や他企業との連携が必須です。『使ったら捨てるのが当たり前』という価値観を変えていくのが私たちの想い。リサイクルが仕方ないこと、つらいことではなく、楽しいことになるように、自分たちの役割をしっかり果たしていきたいと思います」(瀬戸)
素材の違いや容器内の汚れの問題等から、つめかえパックのリサイクルは容易ではない。そのため、さまざまな空き容器を回収し、試行錯誤を重ねている。
本記事は花王の研究力、そしてその背景にある強い想いをひも解く連載 "Ambitious For The Sustainable Future Co-Creation For Innovation"の第2回です。
第1回では、花王による「精密界面制御技術を使っての環境・食糧問題などの課題解決への取り組み」を紹介しました。
第1回記事はこちら
花王
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