静岡県の浜松市をご存知だろうか。
2007年に全国で16番目となる政令指定都市に移行。全国の市町村で2番目に大きな面積を誇り、22年8月1日現在の人口は79万4,106人。
大正時代に世界で初めてブラウン管で電子映像の表示に成功したのは、浜松高等工業学校(現:静岡大学工学部)で助教授を務めていた高柳健次郎だ。浜松が国産テレビ発祥の地とされる所以である。第2次大戦後にはいち早くオートバイ産業が立ち上り、日本が誇る4大メーカーのうち3社(ホンダ、スズキ、ヤマハ)が浜松で生まれた。
「進取の気性」と「その気性を育もうとする周囲の気性」が混ざり合い、渾然一体となって新しいものを生み出していく地場の文化が、浜松にはある。
オール浜松で「すごい若者」を掘り出す
いま、そうした文化の新たな発露となる取り組みが進行している。それが「NEXT LOCAL LEADERS 浜松 ――地方から社会を変える次世代リーダー発掘プロジェクト――」だ。
主催者は浜松青年会議所。開催パートナーとしてForbes JAPANも参画している。そもそものコンセプトメイクや審査基準の設計段階から、同誌編集長の藤吉雅春がアドバイザリーとして関わってきた。後援には浜松市や浜松商工会議所、地元のFMラジオ2局が付き、総数20の協賛企業も集まっている。
プロジェクトの目的を、実行委員長である浜松青年会議所の小松大介が解説する。
小松大介(浜松青年会議所 2022年度理事会構成メンバー)
「『NEXT LOCAL LEADERS 浜松』の目的を端的に言うと、浜松にいる『すごい若者』を掘り出そうというシンプルなものです。地域に根ざした活動をしていながら、いい意味でコアすぎるがゆえにまだ一般には広く認知されていない……。そういった若者のために舞台を用意し、地域全体で応援していく機運を高めていく、そのためのピッチコンテストなのです」(小松)
なぜ、発掘を目指したのか。人を起点に始まるプロジェクトの総体を小松が続ける。
「私が所属する浜松青年会議所は、長年地域で活動を続けていますが、浜松が長年抱えてきた課題のひとつに若者の転出超過があります。その最大の理由は、『やってみたい仕事や勤め先がなかった』というものです。若者が浜松での生活に魅力を感じるようになるには、浜松に新しい事業が生まれる必要があります。そして、事業を生むのは人です。
そのため、『浜松の人財にフォーカスする』というテーマを掲げ、『浜松に好循環を起こす若者』を発掘すべく、今回のプロジェクトを始動させたのです。つまり、発掘はスタートであり、そこから始まる好循環がこのプロジェクトの最大の目的になります」(小松)
何をやるのか決まったなら、次は制度設計だ。どういったスケジュールで選考を行っていくか、選考基準はどうするか、選考委員には誰を呼ぶか。そうした決めごとも大事だが、まずもって考えないといけなかったのは、若者のエントリーをどのようにして集めるかだった。
「その課題については、選考プロセスの最初期から地域を巻き込み、地域と共に若者を発掘していく仕掛けにすることでクリアしました。プロジェクトそのものを周知していきながら、地元の企業や団体、施設、個人からの推薦を取り入れていったのです」(小松)
20年に浜松市は、新興企業を生み出すための「グローバル拠点都市」に政府から選ばれている。今回の記事制作のために撮影・取材場所として広いスペースの一角をお借りした「Co−startup Space & Community FUSE」をはじめとして、市内には「はままつ起業家カフェ」など起業家支援を目的とした施設が充実している。当然ながら、行政による創業支援は手厚い。そうした各施設や行政も含めて、あらゆる組織および個人がまさにオール浜松の体制で「すごい若者」の発掘に取り掛かったのだ。
そうしたなか、行政側の創業支援のスペシャリストとして参画したのが、浜松市役所産業部スタートアップ推進課の瀧下且元だ。長年にわたって地域の産業振興に尽力してきた瀧下が、このプロジェクトに対する想いを語ってくれた。
瀧下且元(浜松市役所 産業部スタートアップ推進課)
「プロジェクトの話を聞いたとき、まずは『食/農業』『ものづくり』『まちづくり/コミュニティづくり』『テクノロジー』『ビジネス支援』『教育』『文化・芸術』『環境』という多様なテーマを取り上げているところがおもしろいと感じました。市内の産業振興のハブとなっている組織や人間でオール浜松の体制を組み、あらゆるカテゴリーに横グシを差して『すごい若者』を探していくということですからね。どれかひとつのカテゴリーに特化したピッチコンテストではないところが、このプロジェクトの意義や影響力をいっそう深めていると思います」(瀧下)
何で儲けるのかではなく、何を変えていくのか
3月に行われた書類による第一次選考には、瀧下からの推薦も含めて25人の若者が集まったという。6月に行われた第二次選考は、第一次選考を通過した10名による公開ピッチコンテストだった。そこで気になるのは「誰が」「どのような基準で」選考しているかだ。
7人で構成される選考委員(審査員)にもオール浜松の気風が感じられる。たとえば、光産業創成大学院大学学長の滝口義浩。同校は、光技術による新産業創出を目指し、05年の開学以来、約70人の修了生や在学生が起業し、新規事業を立ち上げている。
本稿の冒頭で名前を挙げたテレビジョンの父・高柳健次郎が浜松高等工業学校の助教授になり、研究を開始したのは大正13年(1924年)のことだったが、同年にソースづくりに着手し、現在まで進化を重ねながら浜松で操業を続けているのが、トリイソースで知られる鳥居食品。スタンフォード大学大学院を修了後、三菱商事、米GE(ジェネラルエレクトリック)社を経て、同社の3代目社長としてトリイソースを継いだ鳥居大資も選考委員のひとりだ。
浜松の「産」と「学」が名を連ねた選考委員の全メンバーについては、文末に記載した「NEXT LOCAL LEADERS浜松」の特設サイトでご覧いただきたい。
鳥居大資(鳥居食品 代表取締役社長)
第二次選考までが終わったいま、その鳥居が心境を明かしてくれた。
「私は今年で51歳なのですが、このプロジェクトを通して20〜30代の若い経営者の考え方に触れ、勉強させていただくチャンスだと思って、選考委員のオファーを受けました。第一次、第二次の選考を終えて感じているのは、やはり自分が若かったころとは時代が大きく変わったなということです。第二次選考のピッチを観た人には、いわゆるビジネスプランコンテストとは違った気づきがあったのではないかと思います」(鳥居)
鳥居の言葉にうなずきながら言葉をつないだのは、瀧下だ。ふたりは鳥居が04年に浜松に帰ってきた当時から親交を温めてきた。
「常識と非常識があったときには常識に従う。非常識には手を出さない。それがこれまでの考え方ですよね。でも、いまは違います。非常識なことにいかにチャレンジするか。常識とされている世界をいかに変えていけるか。いまは、そこに一点突破を仕掛けていく若い世代が、この浜松にもたくさんいるわけです。『何で儲けるのか』ではなく、『何を変えていくのか』が行動の起点になっていると感じます。ビジネスプランではなく、生き様を発表しているのが第二次選考に進出した10名のピッチでしたよね」(瀧下)
それまでなかった完全無添加のソースで勝負するなど、時代の潮目を読むことに長けた鳥居が驚き、行政の立場から数多くの若者の背中を押してきた瀧下が生き様を讃えた第二次選考10名のピッチも、特設サイトで視聴できる。
真似できることに価値がある
今後は、第二次選考を通過した4名が再び舞台に立って公開ピッチに挑む。グランプリが決定する最終選考会は、10月15日の開催を予定している。今回のプロジェクトの特徴である、第一次から最終選考会までの一貫した選考基準について小松委員長が説明する。
「今回のプロジェクトで大切にした選考基準は3つです。それは、①チャレンジ精神、②巻き込み力、③真似したくなるユニークさ。どれも重要ですが、特に大事にしたいのは、3番目です。真似できないことをするのがブランディングという観点もありますが、私たちは地方からの水平展開で日本を変えていくことを本気で考えています。オリジナリティという強い吸引力がありながら、同類の仕組みがほかの場所でも展開可能で、とにかく真似したくなる。真似したくなることをするのがブランディング、という観点もあると思うのです」
最終選考会でさらにパワーアップしたピッチを期待しているという鳥居は、グランプリが決まった後に想いを馳せる。
「ビジネスにおける競争優位性を考えると当然ながら『真似のできないものが良し』となるわけですが、日本が同時多発的に抱えている地域課題の解決という意味では『真似できることに価値がある』わけです。そして、今回のプロジェクトにおいてもっとも大事なのはグランプリを決めてバンザイすることではありません。最終選考会が終わった後に、地域全体でチャレンジする人財をいかに応援していくか。応援の仕組みをつくっていけるかです。
私は、第二次選考会のピッチを観て何かを感じていただけた皆さんには、実際に彼らがいる場所の空気に触れてもらえたらと思っています。現地でしか味わえないものがありますからね。たとえば、その空気感を味わいに出かけるツアーみたいなものを企画してみるとか……。そこに集まった人たちの間で、何か化学反応が起こるかも知れませんよ。いや、起きるはずです」(鳥居)
化学反応は、すでに起きている。第二次選考会に残った10名のなかで、同じ舞台に立った同志として意気投合し、共創して新たな取り組みを始めている者たちがいるというのだ。「とても頼もしいことだ」と瀧下が続ける。
「エネルギーをもっている人たちがぶつかれば、それぞれの人生が変わり、そのことによって地域が変わっていきます。人財たちが起こすスパークこそ、この世界に生まれるイノベーションの起点となるのです。今後も熱いスパークが起き続ける浜松であってほしいと願っています」(瀧下)
10月15日に行われる最終選考会のピッチが楽しみだ。そして、その後に浜松で、日本で起こるスパークがもっと楽しみだ。
NEXT LOCAL LEADERS 浜松
https://www.hamamatsujc.or.jp/2022/nllh/final/
※10/15の最終ピッチは上記サイトで視聴可能。
鳥居大資◎1971年、静岡県浜松市生まれ。慶応大学経済学部卒業。スタンフォード大学大学院修士課程修了。大学院卒業後は、三菱商事を経てGE(ジェネラルエレクトリック)社に転職。GEでの仕事が4年を経ようとした2004年、トリイソース2代目の入院・手術・療養を契機に浜松に戻り、1年後に3代目として代表取締役社長に就任。
瀧下且元◎ 1980年、旧水窪町役場入庁。教育、経済、保健福祉、企画行政に従事し、 2003年に浜松市との合併を推進する協議会に出向。 05年に浜松市との平成の大合併により、浜松市職員となり、企画、観光、広聴広報、産業振興に従事。現在は、浜松市役所 産業部スタートアップ推進課で、起業・創業およびベンチャー支援の業務を担っている。
小松大介◎ 1986年、山口県下関市生まれ。福岡スクールオブミュージック専門学校卒業。アパレル販売業界で約10年間従事。山口、福岡、愛知、東京と拠点を移しながら2019年、国会議員秘書となるべく浜松市へ。公設秘書として浜松の地域課題と向き合う。現在は社会課題の解決に向けた事業を展開。浜松青年会議所 2022年度理事会構成メンバー。